【2026年最新】アドマイヤテラの凱旋門賞11着と近藤利一の功績
2026年10月4日、フランスのパリロンシャン競馬場で開催された凱旋門賞(G1)に、アドマイヤテラが出走しました。
結果は16頭中11着。騎乗したのはクリスチャン・デムーロ騎手、管理調教師は友道康夫氏です。
優勝には届かなかったものの、この出走にはアドマイヤという冠名にとって特別な意味がありました。近藤利一氏が生前に挑戦できなかった凱旋門賞に、妻の近藤旬子氏が所有馬を送り出したからです。
アドマイヤテラと近藤家の深い血統的なつながり
アドマイヤテラは、父レイデオロ、母アドマイヤミヤビという血統の競走馬です。
特に注目したいのは母アドマイヤミヤビの存在です。
アドマイヤミヤビは近藤利一氏が所有していた馬で、2017年のクイーンカップを優勝し、同年のオークスでも3着に入った実力馬でした。
利一氏の死去後、この母馬を引き継いだのが旬子氏です。
つまり、アドマイヤテラは単に同じ冠名を持つ馬ではありません。先代が所有していた牝馬の血統を、次の世代へつないだ競走馬でもあるのです。
なぜ2026年に凱旋門賞へ挑戦したのか
近藤旬子氏は2026年9月の取材で、凱旋門賞について以前から関心を持っていたことを明かしています。
出走先については国内のレース、メルボルンカップ、凱旋門賞という選択肢を検討し、友道調教師とも相談したうえでフランス遠征を決めました。
また、利一氏もアドマイヤムーンやアドマイヤラクティで海外G1に挑戦していました。
旬子氏にとって海外遠征は、先代の競馬に対する姿勢を受け継ぐ取り組みでもあったのです。
11着という結果をどう評価するべきか
JRAが公表したレース後のコメントによると、友道調教師はアドマイヤテラについて、理想的な位置取りだったものの、ペースが遅くなり、最後の瞬発力勝負で差が出たとの見解を示しました。
C.デムーロ騎手も、もう少しペースが流れてほしかったと振り返っています。
アドマイヤテラは長く脚を使う持続力型の競走馬です。瞬発力が問われる展開になったことが、今回の結果に影響したと考えられます。
2026年の同馬は、阪神大賞典で優勝し、天皇賞・春でも3着に入っていました。
その実績を踏まえると、11着という数字だけで能力や馬主としての取り組みを否定するのは適切ではありません。
アドマイヤの冠名が初めて凱旋門賞に挑戦したこと自体が、近藤家の馬主活動における新しい節目となりました。
【馬主としての評判を検証】高額落札と競馬界への貢献
近藤利一氏は、競馬ファンの間でどのように評価されていたのでしょうか。
その特徴を理解するには、G1勝利数だけでなく、競走馬の購入にかけた投資規模や調教師との関係にも目を向ける必要があります。
セレクトセールでの高額落札が話題に
近藤氏を象徴するエピソードの一つが、2017年のセレクトセールです。
同年7月、ディープインパクト産駒の「イルーシヴウェーヴの2017」を5億8,000万円で落札しました。
当時の国内セール史上2番目の高額取引として話題になり、競馬関係者やメディアから大きな注目を集めました。
この馬は後にアドマイヤビルゴと名付けられます。
また、競馬メディアによるセレクトセールの集計では、近藤氏の歴代落札総額は123億円を超えていました。
単に高い馬を購入するだけでなく、国内最大級の競走馬市場を長年にわたって支えた馬主だったことが分かります。
ただし、高額落札と競走成績は必ずしも比例しません。
アドマイヤビルゴは長く競走生活を送りましたが、G1制覇には届かず、2025年1月に現役を引退しました。
この事例からも、競馬における血統評価や購入価格が、そのままレース結果を保証するわけではないことが分かります。
調教師や騎手との信頼関係
近藤氏は、調教師や騎手との関係でも知られた存在でした。
特に友道康夫調教師との関係は深く、アドマイヤジュピタやアドマイヤマーズなどを預託していました。
2019年の訃報を受けた際、友道調教師は長年世話になったことへの感謝と驚きを語っています。
また、ミルコ・デムーロ騎手も近藤氏との親しい関係を振り返り、父親のように接してもらったと追悼しました。
こうした関係性は、馬主の役割を考えるうえで重要です。
競走馬の能力を引き出すには、馬を購入するだけでは足りません。調教師による管理、騎手との連携、生産者との関係など、多くの関係者の協力が必要です。
近藤氏は、長期間にわたってこうした競馬界のネットワークを築いてきました。
近藤利一の馬主としての評判を整理
| 評価項目 | 実績・特徴 | 評価できるポイント |
|---|---|---|
| G1実績 | JRA・G1通算13勝 | 長期間にわたる競争力 |
| 馬の購入 | 5億8,000万円の落札実績 | 良血馬への積極投資 |
| 海外挑戦 | ドバイ、オーストラリア | 国際舞台への積極性 |
| 調教師との関係 | 友道康夫氏らとの関係 | 長期的な信頼関係 |
| ブランド形成 | アドマイヤの冠名 | 世代を超えた知名度 |
| 後継への継承 | 近藤旬子氏の馬主活動 | ブランドの継続性 |
近藤氏の評判を一言でまとめるなら、積極的な投資姿勢と、実際のG1実績を兼ね備えた名物馬主です。
一方で、高額馬が必ず成功するわけではないという競馬の厳しさも、所有馬の歴史から読み取れます。
馬主としての評価は、落札金額の大きさだけではなく、長年にわたって競馬界にどのような実績を残したかで判断するべきでしょう。
【近藤利一に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:近藤利一の読み方は?
A1:近藤利一は「こんどう・りいち」と読みます。「アドマイヤ」の冠名で知られる実業家・競走馬馬主です。
Q2:近藤利一はいつ亡くなった?死因は?
A2:2019年11月17日に亡くなりました。享年77歳です。生前にがんを公表し、闘病していたことが報道されています。
Q3:近藤利一が獲得したG1タイトルは何勝?
A3:JRA・G1通算13勝です。アドマイヤコジーン、アドマイヤベガ、アドマイヤドン、アドマイヤグルーヴ、アドマイヤマーズなどが代表的な勝ち馬です。
Q4:近藤利一の妻は誰?現在は何をしている?
A4:妻は近藤旬子氏です。夫の死後、相続馬主として馬主活動を引き継ぎ、2020年7月に自身の名義で馬主資格を取得しました。2024年にはアドマイヤズームでG1を初制覇しています。
Q5:2026年のアドマイヤテラの凱旋門賞の結果は?
A5:2026年10月4日の凱旋門賞で11着でした。近藤旬子氏が所有し、友道康夫調教師が管理する競走馬です。近藤利一氏が所有していたアドマイヤミヤビの子どもにあたります。
Q6:近藤利一の所有馬は現在も活躍している?
A6:現在は妻の近藤旬子氏が馬主として活動しており、アドマイヤテラなどが活躍しています。過去の所有馬の中には引退した馬や、別の所有者に移った馬もいます。
まとめ:近藤利一の功績はアドマイヤの名とともに受け継がれる
近藤利一氏は、1984年に馬主資格を取得してから2019年に亡くなるまで、長年にわたり日本競馬を支えた有力馬主でした。
アドマイヤコジーンの朝日杯3歳ステークス初制覇から、アドマイヤベガの日本ダービー、アドマイヤムーンのドバイデューティーフリー、アドマイヤマーズのNHKマイルカップまで、その所有馬は数々の歴史的なレースで活躍しました。
JRA・G1通算13勝という数字は、近藤氏が競馬界に残した大きな功績です。
そして2019年の死去後、その思いを受け継いだのが妻の近藤旬子氏でした。
2024年のアドマイヤズームによるG1制覇、2026年のアドマイヤテラによる凱旋門賞挑戦は、アドマイヤという冠名が現在も競馬界に存在していることを示しています。
凱旋門賞の11着という結果は、世界の頂点に届かなかった現実でもあります。しかし、先代が築いた海外挑戦の歴史を次の世代が引き継いだという点では、大きな意味を持つ出来事でした。
【プロの結論】近藤利一を評価する3つの視点
1. 競走実績: JRA・G1通算13勝と海外G1制覇を成し遂げた馬主としての功績。
2. 競馬界への貢献: セレクトセールでの積極的な購買や、生産者・調教師との長年の関係。
3. 次世代への継承: 近藤旬子氏がアドマイヤの冠名と血統を引き継ぎ、海外の大舞台にも挑戦していること。
近藤利一という人物を理解する際には、単に高額馬を所有した有名馬主として見るのではなく、競走馬の血統、育成、競走、海外挑戦までを長期的に支えた存在として捉えることが大切です。
2019年に本人は亡くなりましたが、アドマイヤの名と競馬への挑戦は、2026年も続いています。 (出典: 近藤 利 一(Yahoo!ニュース))