【研究動向】九州大学・山田祐樹の研究から2026年最新論文まで
トライポフォビアの研究で重要なのが、単に穴の集合体を見たときの反応を調べるだけでなく、なぜ人間がその模様を不快に感じるのかを検証する取り組みです。
特に日本では、九州大学の山田祐樹氏らによる疾患回避仮説の研究が知られています。
2017年:九州大学・山田祐樹氏らがIPAD仮説を提唱
山田祐樹氏と佐々木恭志郎氏は、2017年12月に学術誌『BMC Research Notes』で「Involuntary protection against dermatosis: A preliminary observation on trypophobia」を発表しました。
研究では、集合体画像を見たときの不快感と、過去または現在の皮膚疾患の経験との関係を調べています。
調査の概要は次のとおりです。
- 最初の調査:856人が参加。
- 再現調査:追加で690人が参加。
- 主な検証内容:皮膚疾患の経験がある人と、ない人の不快感の違い。
- 結果:皮膚疾患の経験がある参加者は、集合体画像に対してより強い不快感を報告する傾向があった。
この結果は、皮膚疾患を避けようとする心理的な仕組みが、トライポフォビアに関係している可能性を示しました。
ただし、重要な注意点があります。
この研究は観察的な調査であり、皮膚疾患の経験がトライポフォビアを引き起こすと証明したものではありません。性別構成などの交絡要因も考慮する必要があり、研究者自身も因果関係の解明には追加実験が必要としています。
2024年:皮膚疾患画像との関連を検証
Christopher DiMattina氏らによる2024年の『Scientific Reports』掲載研究では、自然物の集合模様、皮膚疾患の画像、一般的な自然のテクスチャーを比較しました。
その結果、トライポフォビア感度が高い人ほど、集合体画像を皮膚疾患画像に近い不快な刺激として評価する傾向が示されました。
これは、皮膚疾患への嫌悪反応と集合体への嫌悪反応に共通する心理的な仕組みが存在する可能性を補強するものです。
2025年:九州大学の山田祐樹氏らが円形集合体画像を研究
2025年7月23日には、黒木大一朗氏、佐々木恭志郎氏、山田祐樹氏、三浦佳世氏による研究が、日本視覚学会の学術誌『VISION』に掲載されました。
論文タイトルは「円形集合体画像の観察時間と美的評価およびトライポフォビア感度の関連」です。
研究では270人の参加者に円形集合体を含む画像を提示し、画像を見る時間を調整してもらったうえで、観察時間が長かった画像と短かった画像の美的評価を調べました。
その結果、興味、知的挑戦、活力、魅惑、魅了、喜びといった評価と観察時間に関連が見られました。
一方、トライポフォビア感度と最も長く観察された画像の観察時間との相関は、r=−0.09と小さいものでした。
この研究が示す重要な点は、円形の集合体が必ずしも嫌悪の対象になるわけではないということです。
同じような形状でも、画像の美しさや興味深さによって、見る人の反応が変わる可能性があります。
2025年:身体の炎症反応や自律神経にも着目
2025年9月にオンライン公開されたHasan Kazdagli氏らの研究では、トライポフォビアを誘発する画像を見た際の生理的・免疫学的反応が調べられました。
参加者は50人で、皮膚に関連する画像と、それ以外の自然物の画像を用いた比較が行われています。
研究では、画像を見る前後の血液サンプルから、炎症に関連するIL-6とTNF-αなどを測定しました。また、心拍数や心拍変動も記録しています。
報告された結果には、画像を見た後のIL-6とTNF-αのタンパク質量の増加、心拍変動の変化などが含まれています。
この研究は、トライポフォビアが単なる主観的な嫌悪感にとどまらず、身体の生理的反応とも関連する可能性を示すものです。
ただし、参加者50人の研究であり、画像への反応が一般的な皮膚炎や感染症を引き起こすことを意味するものではありません。
2026年1月:原因を総合評価した国際的な総説が発表
2026年1月7日には、Geoff G. Cole氏、Aakash Bansal氏、Madeline J. Eacott氏による総説「What causes trypophobia?」が学術誌『Cognition and Emotion』にオンライン公開されました。
同論文は、2013年以降に発表された約60本の関連研究を踏まえ、主な原因仮説を比較しています。
評価対象となったのは、次の4つです。
1. 画像の空間周波数などによる視覚皮質の過剰な興奮。
2. 毒性のある動物を避けるための進化的な警戒反応。
3. 皮膚疾患や寄生虫などを避ける疾患回避反応。
4. 他者の反応やインターネットを通じた社会的学習。
著者らは、現時点の証拠を総合すると、疾患回避仮説が最も有力だと評価しています。
ただし、原因について研究者間で完全な合意が成立したわけではありません。視覚情報処理と進化的な回避機能が組み合わさっている可能性も残されています。
2026年8月:トライポフォビアの治療研究にも進展
2026年8月25日には、オーストラリアのマッコーリー大学のSimone Hain氏らによる「One-session treatment for trypophobia: a controlled multiple baseline trial」がオンライン先行公開されました。
この研究では、従来の認知行動療法を基礎とする1回集中型の治療法を検討しています。
主な介入内容は次のとおりです。
- 心理教育:症状や反応の仕組みを理解する。
- 認知的な働きかけ:刺激に対する考え方を見直す。
- モデリング:刺激への対応方法を学ぶ。
- 曝露:専門的な枠組みで苦手な刺激に向き合う。
- カウンターコンディショニング:不快な刺激と快い経験を組み合わせる。
治療後には、恐怖と嫌悪感の双方が減少し、刺激に接近する行動にも改善が認められました。1か月後の追跡評価でも改善が維持されたと報告されています。
ただし、単一事例を用いた複数ベースラインの比較研究であり、大規模な臨床試験で確立された標準治療という位置づけではありません。
2026年の研究を整理すると、原因の解明だけでなく、嫌悪反応の軽減や治療方法の検証へと研究の範囲が広がっていることが分かります。
【診断基準】DSM-5・ICD-11でトライポフォビアはどう扱われる?
「トライポフォビアは正式な病気なのか」という疑問を理解するには、精神医学における診断分類を確認する必要があります。
重要なのは、トライポフォビアという名称が独立した診断名として掲載されていないことと、症状が医学的な評価の対象にならないことは別問題だという点です。
DSM-5・DSM-5-TRでは独立した病名ではない
DSM-5は、米国精神医学会が作成した精神疾患の診断・統計マニュアルです。
トライポフォビアは、DSM-5およびDSM-5-TRに独立した診断カテゴリーとして掲載されていません。
しかし、DSM-5は世界中に存在するすべての恐怖症を個別に列挙する仕組みではありません。
特定の対象や状況に対する強い恐怖・不安が診断基準を満たす場合、「特定の恐怖症(Specific Phobia)」として評価される可能性があります。
主な判断要素は次のとおりです。
- 特定の対象に対して強い恐怖や不安が生じる。
- その対象に触れると、ほぼ毎回、強い反応が起こる。
- 対象を積極的に避けるか、強い苦痛を感じながら耐える。
- 実際の危険性と比較して反応が不釣り合いである。
- 症状が通常6か月以上続いている。
- 日常生活や仕事、社会生活に大きな支障が生じている。
単に集合体画像が苦手というだけでは、精神疾患の診断にはなりません。
症状の持続期間や生活への影響などを総合的に判断する必要があります。
ICD-11では特定の恐怖症に該当する可能性
ICD-11は、世界保健機関(WHO)が策定する国際疾病分類の第11版です。
ICD-11では、不安または恐怖関連症群の中に「特定の恐怖症(Specific phobia)」が設けられています。
この分類では、特定の対象や状況に対する過剰な恐怖や不安、回避行動、持続期間、生活への支障などが評価されます。
トライポフォビア専用の独立したコードが存在するわけではありませんが、症状によっては6B03の診断基準に照らして評価される可能性があります。
WHOの2024年版『Clinical Descriptions and Diagnostic Requirements for ICD-11 Mental, Behavioural and Neurodevelopmental Disorders』にも、特定の恐怖症の診断要件が記載されています。
DSM-5とICD-11の違いを整理
| 比較項目 | DSM-5・DSM-5-TR | ICD-11 |
|---|---|---|
| トライポフォビア単独の診断名 | なし | なし |
| 関連する診断分類 | 特定の恐怖症 | 特定の恐怖症 |
| 分類コード | 診断条件に応じて設定 | 6B03 |
| 主な評価内容 | 恐怖、不安、回避、持続期間、生活への支障 | 恐怖、不安、回避、持続期間、生活への支障 |
| 診断の判断 | 医師などの専門家による評価 | 医師などの専門家による評価 |
したがって、「DSM-5に名前がないから存在しない」「ICD-11に独立したコードがないから治療できない」という理解は正確ではありません。
診断名の有無と、本人が経験している苦痛の医学的な重要性は分けて考える必要があります。
【対処法・治療】トライポフォビアを和らげる方法と病院を受診する目安
トライポフォビアへの対応は、症状の強さや日常生活への影響によって異なります。
軽い嫌悪感であれば、刺激を減らすだけで十分な場合もあります。一方、画像を見ることが怖くて日常生活に支障が出る場合には、専門的な相談が役立ちます。
1.苦手な画像を無理に見ない
まず取り組みやすいのが、苦手な画像との接触を減らすことです。
- SNSで集合体画像を表示しない設定にする。
- 苦手な画像を投稿するアカウントをミュートする。
- 動画や記事のサムネイル表示に注意する。
- 刺激の強い画像を見る必要がある場合は、事前に内容を確認する。
嫌悪反応が強い人に対して、わざと刺激の強い画像を見せ続ける必要はありません。
2.呼吸を整えて刺激から距離を取る
画像を見て鳥肌や吐き気が生じた場合は、いったん画面から目を離しましょう。
落ち着いた場所でゆっくり呼吸し、目の前にある別の物体や周囲の環境に注意を向ける方法もあります。
これはトライポフォビア専用の治療ではありませんが、一時的な不快感や緊張を和らげるためのセルフケアとして役立つ場合があります。
3.認知行動療法(CBT)を検討する
症状が強い場合、精神科や心理療法の専門家に相談し、認知行動療法を検討する方法があります。
認知行動療法では、刺激に対する考え方や回避行動、感情的な反応を整理し、無理のない方法で対処能力を高めていきます。
必要に応じて、専門家の管理のもとで段階的な曝露療法を取り入れることもあります。
ただし、嫌悪感が強い人が独力で刺激の強い画像を大量に見ることはおすすめできません。
2026年8月の治療研究は、恐怖だけでなく嫌悪感にも働きかける介入の可能性を示しています。今後、対象者を増やした研究や長期的な効果の検証が期待されます。
4.トライポフォビアで病院を受診する目安
受診するかどうかは、身体的な症状と心理的な症状を分けて判断しましょう。
皮膚科への相談が適しているケース
- 自分の皮膚に実際の発疹やブツブツがある。
- 画像を見ていないときもかゆみが続く。
- 赤み、腫れ、水疱などが生じている。
- 皮膚の変化が広がっている。
精神科・心療内科への相談が適しているケース
- 集合体画像を見るたびに強い吐き気や不安が生じる。
- SNSやインターネットを利用できなくなっている。
- 苦手な模様を避けるために生活が制限されている。
- 症状が長期間続き、仕事や学校に影響している。
- パニックに近い反応や強い心理的苦痛がある。
皮膚症状については、米国皮膚科学会(AAD)も、広範囲に広がる発疹、水疱や傷を伴う発疹、発熱を伴う発疹、急速に広がる発疹、痛みのある発疹などは医療機関での評価が必要と案内しています。
また、膿や腫れ、熱感など感染を疑う変化にも注意が必要です。
呼吸や嚥下が難しい場合、目や唇が急激に腫れる場合は、緊急の医療対応が必要です。
受診先を間違えないための判断基準は、実際の皮膚に異常があるかどうかです。 皮膚に変化があれば皮膚科、画像への恐怖や嫌悪で生活が困難になっていれば精神科などに相談しましょう。
【よくある質問】トライポフォビア皮膚病に関するFAQ
Q1:トライポフォビアは本当に皮膚の病気ですか?
A1:いいえ。トライポフォビアは、穴やブツブツの集合体を見た際に生じる嫌悪感や恐怖、不快感を指す現象です。皮膚に穴が開く病気ではありません。ただし、実際の皮膚疾患の画像が反応を引き起こすことはあります。
Q2:トライポフォビアで皮膚がかゆくなったり鳥肌が立ったりするのはなぜですか?
A2:視覚的な刺激に対する心理的・生理的反応が、かゆみや鳥肌などの身体感覚につながると考えられています。2017年の臨床的特徴の調査でも、かゆみや鳥肌、吐き気が報告されています。実際に皮膚に異常がある場合は、別の原因も考えられるため皮膚科を受診してください。
Q3:トライポフォビアは治すことができますか?
A3:症状を軽減できる可能性はあります。軽度なら苦手な画像を避ける、刺激を減らすなどの対応が考えられます。生活に支障が出ている場合は、認知行動療法などの専門的な支援を検討できます。2026年には1回集中型の治療研究も報告されていますが、長期的な効果や標準治療としての確立には、さらなる検証が必要です。
まとめ:今後の研究動向と失敗しない判断基準
「トライポフォビア皮膚病」という言葉から、皮膚に無数の穴が発生する特殊な病気を想像する人もいます。しかし、医学・心理学で研究されているトライポフォビアは、集合体に対する嫌悪感や恐怖、不快感を中心とした現象です。
2026年10月時点で押さえておきたいポイントは、次の5つです。
1. 皮膚疾患ではない:トライポフォビアそのものによって皮膚に穴が開くわけではない。
2. 身体症状を伴うことがある:かゆみ、鳥肌、吐き気などが画像への反応として現れる場合がある。
3. 疾患回避仮説が有力:感染症や寄生虫などを避ける心理的な仕組みが関係する可能性がある。
4. 診断分類には注意が必要:DSM-5やICD-11に独立したトライポフォビアの病名はないが、症状によっては特定の恐怖症として評価される可能性がある。
5. 治療研究が進んでいる:2025年の国内研究や2026年の国際的な総説・治療研究から、視覚的な嫌悪反応の仕組みと軽減方法への理解が深まっている。
【プロの結論】
トライポフォビアを理解するうえで最も大切なのは、画像に対する嫌悪反応と、実際の皮膚疾患を混同しないことです。
皮膚に異常がないのに画像を見ると気持ち悪くなる場合は、視覚刺激に対する心理的な反応として考えられます。一方、自分の皮膚に発疹や水疱、かゆみなどが存在するなら、集合体恐怖症だけで説明せず、皮膚科で原因を調べることが重要です。
九州大学の山田祐樹氏らが提唱したIPAD仮説から、2026年の治療研究まで、トライポフォビアは視覚認知、進化心理学、精神医学を横断する研究テーマになっています。
今後は、なぜ一部の人だけが強い嫌悪反応を示すのか、どのような治療が長期的な改善につながるのかが、重要な研究課題になるでしょう。
不快感を単なる好き嫌いとして片付けず、身体症状と生活への影響を正しく見極めることが、適切な対処への第一歩です。
主な学術的参考資料
- Geoff G. Coleほか『What causes trypophobia?』Cognition and Emotion、2026年。
- 山田祐樹・佐々木恭志郎『Involuntary protection against dermatosis: A preliminary observation on trypophobia』BMC Research Notes、2017年。
- 黒木大一朗ほか『円形集合体画像の観察時間と美的評価およびトライポフォビア感度の関連』VISION、2025年。
- Simone Hainほか『One-session treatment for trypophobia: a controlled multiple baseline trial』Cognitive Behaviour Therapy、2026年。
- 世界保健機関『Clinical Descriptions and Diagnostic Requirements for ICD-11』2024年。 (出典: トライ ポ フォビア 皮膚 病(Yahoo!ニュース))
木村 あおい (Aoi Kimura)
メディア編集者最新のトレンドや話題のニュースをわかりやすく解説するWebライターです。読者の皆様に役立つ情報を日々お届けしています。
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