【2026年10月最新】山本譲二は現在76歳!プロフィールと近況
山本譲二さんの基本プロフィールを整理すると、次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 山本譲二(やまもと・じょうじ) |
| 生年月日 | 1950年2月1日 |
| 年齢 | 76歳(2026年10月現在) |
| 出身地 | 山口県下関市 |
| 血液型 | A型 |
| 職業 | 演歌歌手 |
| デビュー | 1974年 |
| デビュー曲 | 「夜霧のあなた」(伊達春樹名義) |
| 代表曲 | 「みちのくひとり旅」 |
| 師匠 | 北島三郎 |
| レギュラー番組 | USEN「ジョージのぶち好きやけー!」 |
生年月日や出身地、デビュー歴はレコード会社テイチクの公式プロフィールにも掲載されています。
現在も歌手として第一線で活動
2026年の山本さんは、過去のヒット曲を披露する懐メロ中心の活動だけにとどまりません。
7月には新曲を発表し、10月には新しいベストアルバムを発売。さらにテレビ番組への出演や、若手歌手とのラジオ番組での共演も続いています。
特に注目したいのが、2026年10月10日放送のBS11「鶴瓶のええ歌やなぁ」への出演です。
この放送は師匠・北島三郎さんの90歳を祝う特別企画。山本さんは大江裕さんとともに出演し、北島さんの名曲に加え、自身の新曲「桜龍~さくらりゅう~」も披露しました。
76歳になっても新曲を歌い、テレビで後輩と共演する姿からは、現役歌手としての意欲がうかがえます。
【新曲・アルバム】2026年の山本譲二の音楽活動に注目
2026年の音楽活動を語るうえで欠かせないのが、新曲「桜龍~さくらりゅう~」と「山本譲二 全曲集」です。
1. 新曲「桜龍~さくらりゅう~」は7月15日発売
2026年7月15日、テイチクエンタテインメントからシングル「桜龍~さくらりゅう~」が発売されました。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| タイトル | 桜龍~さくらりゅう~ |
| 発売日 | 2026年7月15日 |
| 品番 | TECA-26033 |
| 価格 | 1,700円(税込) |
| 作詞 | 田久保真見 |
| 作曲 | 弦哲也 |
| 編曲 | 猪俣義周 |
| カップリング | みんな野球少年だった |
この作品のテーマは、旅立った友への思いと深い友情です。
作曲を担当したのは、山本さんと縁のある弦哲也さん。3年ぶりに弦さんを迎えた作品で、田久保真見さんの描く哀愁のある世界を、山本さんならではの力強い歌声で表現しています。
カップリング曲の「みんな野球少年だった」も見逃せません。
山本さんは高校時代、早鞆高校野球部に所属し、1967年の夏の甲子園大会に出場した経歴があります。野球は本人の人生にも深く関わるテーマです。
演歌歌手としての哀愁と、野球少年だった頃の思い出という異なる側面を一枚の作品に収めています。
2. 「山本譲二 全曲集」は10月21日発売
もう一つの大きなニュースが、2026年10月21日発売のアルバム「山本譲二 全曲集」です。
- 発売日:2026年10月21日
- 品番:TECE-3779
- 価格:3,500円(税込)
- 収録曲:全16曲
収録されているのは、代表曲から近年の作品、デュエット曲まで幅広い楽曲です。
主な収録曲は次のとおりです。
| 曲名 | 注目ポイント |
|---|---|
| 別れの日に | 2025年発売の記念曲第二弾 |
| 花も嵐も | 2000年の代表的なヒット曲 |
| 妻よ…ありがとう | 妻への感謝を込めた楽曲 |
| みちのくひとり旅 | 山本譲二を代表する大ヒット曲 |
| 奥入瀬 | 山本の代表的な歌唱曲 |
| 高杉晋作 | 故郷・山口にもゆかりのある作品 |
| 恋しき孫よ | 孫への思いを歌った作品 |
| 旅の終わりはお前 | アルバム収録曲 |
ほかにも「渋谷川」「関門海峡」「湘南哀歌」などを収録しています。
このアルバムの意味は、単なる過去のヒット曲の再編集にとどまりません。
2024年のデビュー50周年を経て、これまでの歩みを振り返りながら、現在の山本譲二の歌声を新しい世代にも届ける作品として位置づけられます。
3. 50周年以降も新しい音楽に挑戦
山本さんは2024年7月24日、デビュー50周年記念曲第一弾として「妻よ…ありがとう」を発売しました。
作詞・作曲は盟友の吉幾三さんが担当。カップリングには「恋しき孫よ」、さらにメタルユニットJ&Jによる「言論の自由」も収録されました。
演歌歌手としてのイメージにとどまらず、メタル音楽にも挑戦した点は山本さんらしい活動です。
2025年には記念曲第二弾「別れの日に」を発売。
そして2026年の「桜龍~さくらりゅう~」へと続いています。
つまり、50周年は活動の終着点ではなく、新しい作品を発表していく節目だったのです。
【経歴・人物相関】山本譲二と北島三郎、吉幾三の関係とは?
山本譲二さんの現在を理解するには、デビューからの経歴と、長年にわたって関係を築いてきた音楽関係者を知る必要があります。
「みちのくひとり旅」が人生を変えた
山本さんは1950年、山口県下関市に生まれました。
高校卒業後の1968年に上京。新宿などで弾き語りをしながら歌手を目指しました。
1974年には芸名・伊達春樹として「夜霧のあなた」でデビューします。
しかし、デビュー直後から順調に売れたわけではありません。
その後、北島三郎さんの付き人兼前歌を務めるようになり、歌謡界で経験を積んでいきます。
転機となったのは1980年8月5日に発売された「みちのくひとり旅」です。
発売当初から大ヒットしたわけではなく、地道な活動を重ねるなかで人気が広がり、1981年にはミリオンヒットを記録しました。
同年末にはNHK紅白歌合戦にも初出場しています。
山本譲二を支えた人物・作品の関係一覧
人物や作品との関係を整理すると、山本さんの歌手人生の輪郭が見えてきます。
師匠・北島三郎との関係は現在も続いている
山本さんが北島三郎さんに弟子入りしたきっかけは、北島さんの人柄に惹かれたことでした。
2025年の女性セブンプラスのインタビューでは、北島さんが幼い息子の手を握って歩いている姿を見て、優しい父親の表情に惹かれたというエピソードが紹介されています。
弟子入りを志願して北島さんの楽屋前に通い続け、声を掛けられたことから付き人としての生活が始まりました。
北島さんは、売れない時代の山本さんの両親にも、息子は必ず売れると励ましたといいます。
1981年に「みちのくひとり旅」がヒットした後も、北島さんからは感謝や謙虚さを忘れないよう教えられてきました。
2007年には北島音楽事務所から独立し、自身の事務所を設立していますが、師弟としての関係がなくなったわけではありません。
2026年10月には北島三郎さんの卒寿を祝うBS11の特別番組にも出演しました。
一番弟子として師匠の名曲を歌い、思い出を語る姿は、長年続いてきた師弟関係を象徴する出来事でした。
【病気の現在】2019年の大腸がん手術、その後の健康状態は?
山本譲二さんの現在を調べる人が特に気にしているのが、過去に公表した大腸がんです。
結論からいうと、2019年に大腸がんの手術を受けたことは事実です。ただし、当時の治療経過と2026年現在の病状は分けて考える必要があります。
2019年5月にステージ2Aの大腸がんが判明
2019年7月25日、山本さんはデビュー45周年記念曲「人は旅人」の発売記念イベントで、自身が大腸がんの手術を受けていたことを公表しました。
日刊スポーツなどの報道によると、経緯は次のとおりです。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2019年5月22日 | 深夜に激しい腹痛が発生 |
| 5月22日 | 妻・悦子さんの運転で病院へ。検査で大腸がんと腸閉塞が判明 |
| 5月30日 | 腹腔鏡による大腸がんの手術 |
| 6月6日 | 退院 |
| 6月29日 | 術後検査でリンパ節・内臓への転移なしと確認 |
| 7月25日 | デビュー45周年イベントで病気を公表 |
病状はステージ2Aでした。
手術では大腸を約20センチ切除し、そのうち約7センチががんの患部だったと報じられています。
術後の検査ではリンパ節や内臓への転移は確認されず、医師から抗がん剤治療も必要ないと説明されたとのことです。
当時は6か月に1回の経過観察が必要とされていました。
なぜ病気を公表しなかったのか
山本さんが手術後すぐに病気を公表しなかった背景には、当時95歳だった母親への配慮がありました。
高齢の母親に心配をかけたくないという思いから、当初は公表を控えていたのです。
転移がないことが確認され、母親にも説明できたことから、45周年のイベントで公表する決断をしました。
また、長年の友人である吉幾三さんも重要な役割を果たしました。
吉さんは信頼できる医師を紹介するなど、山本さんの治療を支えたと報道されています。
大腸がん以外にも右耳の病気を経験
山本さんには、大腸がんより前から公表していた病気もあります。
2009年には右耳の顔面神経付近に良性腫瘍が見つかりました。
手術によって顔面神経に影響が及び、顔に麻痺が残る可能性があることから、手術を避ける選択をしたと報じられています。
2023年のインタビューでは、本人が右耳と左耳の聴力について説明し、聞こえる側の耳にイヤーモニターを装着することで歌唱を続けられると話していました。
このエピソードは、山本さんの歌手活動を考えるうえで重要です。
聴力に問題を抱えながらも、音響機器を活用してステージに立ち続けてきたからです。
2026年現在も大腸がんの治療を続けている?
2019年の手術後、当時の検査では転移がなく、抗がん剤も不要と判断されました。
2026年4月のスポニチの自伝的連載「我が道」でも、大腸がんの発覚から手術、退院までの経緯を本人が振り返っています。
一方、2026年10月時点で再発や新たな治療を公表した情報は確認できません。
したがって、過去の手術歴だけを理由に、現在もがん治療中と判断するのは正確ではありません。
病気の経歴と現在の活動状況は別々に確認することが大切です。
【妻・悦子との現在】馴れ初めから結婚、家族との歩み
山本譲二さんの人生を語るうえで、妻・悦子さんの存在は欠かせません。
山本さんは売れない時代から悦子さんに支えられてきました。2019年の大腸がん手術の際にも、病院へ車で連れていったのは悦子さんでした。
妻・植木悦子さんとの出会いは1974年
スポニチの2026年4月の連載によると、山本さんが植木悦子さんと出会ったのは1974年です。
当時、悦子さんはモデルや女優として活動していました。
山本さんが24歳だった頃、所属事務所で知り合い、その後、弾き語りをしていた新宿のクラブに悦子さんが訪れたことをきっかけに親しくなりました。
山本さんは彼女に一目ぼれしたと振り返っています。
当時はまだ歌手として成功しておらず、経済的にも苦しい時代でした。
北島三郎さんの付き人をしていた頃には、悦子さんが住んでいたマンションで同棲生活を始めたといいます。
1987年2月2日に結婚
2人は1986年2月に婚約を発表し、翌1987年2月2日に明治神宮で結婚式を挙げました。
当時、山本さんは36歳。悦子さんは4歳年下と報じられています。
結婚後、2人には娘が2人誕生しました。
山本さんは2024年の日刊スポーツの取材でも、妻への感謝を語っています。
取材では、夫婦で冗談を交えながら話す姿も紹介され、長い結婚生活を経た現在も親しみのある関係がうかがえました。
妻への感謝を歌にした「妻よ…ありがとう」
2024年7月24日に発売された「妻よ…ありがとう」は、デビュー50周年記念曲第一弾です。
作詞・作曲を担当したのは吉幾三さん。
タイトルからも分かるように、長年連れ添ってきた妻への感謝を表現した作品です。
同じCDには孫への思いを歌った「恋しき孫よ」も収録されています。
若い頃から山本さんを支えてきた悦子さんとの関係を知ってから聴くと、楽曲に込められた意味も違って感じられます。
家族について分かっていること
| 家族 | 公表されている情報 |
|---|---|
| 妻 | 植木悦子さん |
| 結婚 | 1987年2月 |
| 子供 | 娘が2人 |
| 孫 | 孫がいることを楽曲などでも公表 |
| 家族との関係 | 妻への感謝や家族への思いを楽曲で表現 |
家族の私生活については、芸能活動で公表されている内容と本人の発言を中心に捉えるのが適切です。
【コンサート・ラジオ】山本譲二の2026年後半の出演予定
山本さんの活動は、新曲やCD発売だけではありません。
公式サイトには2026年11月以降のコンサート予定も掲載されています。
2026年11月・12月の主なコンサート
| 日程 | 公演・会場 | 内容 |
|---|---|---|
| 11月1日 | 四人衆コンサート2026 in 加西 | 加西市民会館・完売 |
| 11月16日 | 福山歌謡コンサート | リーデンローズ大ホール |
| 11月16日 | 広島歌謡コンサート | JMSアステールプラザ |
| 11月17日 | 周南歌謡コンサート | 周南市文化会館 |
| 11月17日 | 下関歌謡コンサート | 下関市民会館 |
| 11月27日 | 令和・歌の祭典2026 | J:COMホール八王子 |
| 12月11日 | 四人衆コンサート | 宇都宮市文化会館 |
特に注目したいのが、11月17日の下関歌謡コンサートです。
山本さんの出身地である山口県下関市で開催される公演で、地元にゆかりのある歌手としての活動も続いています。
また、四人衆コンサートでは中村美律子さん、香西かおりさん、新沼謙治さんと共演します。
一人で歌うステージだけでなく、同世代の歌手と一緒に演歌・歌謡曲の魅力を届ける活動も大きな柱になっています。
USEN「ジョージのぶち好きやけー!」も継続
山本さんはUSENの「元気はつらつ歌謡曲」で、「ジョージのぶち好きやけー!」という番組も担当しています。
隔週更新の60分番組で、演歌や歌謡曲を中心に、ゲストとのトークも楽しめます。
2026年10月26日から11月8日までの放送回では、瀬川瑛子さんと中村唯人さんをゲストに迎えています。
番組では、山本さん自身がギターを伴奏し、ゲストが歌うコーナーなども展開されています。
こうしたラジオ活動は、テレビ出演やコンサートとは違った形で、山本さんの人柄や音楽への思いを伝える場になっています。
【プロの結論】山本譲二の現在から見える歌手人生の強さ
山本譲二さんの2026年の活動を整理すると、注目すべき点は3つあります。
第一に、76歳でも新しい作品を発表していること。
「桜龍~さくらりゅう~」の発売や「山本譲二 全曲集」のリリースは、過去の名曲だけに頼らない姿勢を示しています。
第二に、長年の師弟関係や友情を大切にしていること。
北島三郎さんから学んだ歌手としての姿勢、吉幾三さんとの友情、妻・悦子さんへの感謝は、現在の活動にもつながっています。
第三に、健康上の困難を経験しながら歌い続けていること。
大腸がんの手術や聴力の問題は、歌手にとって決して小さな試練ではありません。それでも音響機器などを活用し、歌の仕事を続けてきました。
山本さんの魅力は、1981年の「みちのくひとり旅」のヒットだけで説明できるものではありません。
50年以上にわたって歌い続け、演歌の伝統を守りながら、新しいジャンルにも挑戦してきたことにあります。
【山本譲二の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:山本譲二は2026年現在何歳ですか?
A1:1950年2月1日生まれで、2026年10月現在76歳です。
Q2:山本譲二は現在も歌手活動をしていますか?
A2:はい。2026年7月に「桜龍~さくらりゅう~」を発売し、10月21日には「山本譲二 全曲集」をリリースしています。コンサートやテレビ、USENのラジオ番組にも出演しています。
Q3:山本譲二の大腸がんは現在どうなっていますか?
A3:2019年5月にステージ2Aの大腸がんの手術を受けました。当時の術後検査では転移がなく、抗がん剤治療も不要と判断されました。2026年10月時点で再発を公表した情報は確認できません。
Q4:山本譲二の妻は誰ですか?
A4:妻は植木悦子さんです。元モデル・女優で、1974年に出会い、1987年2月2日に結婚しました。
Q5:山本譲二に子供はいますか?
A5:娘が2人います。孫がいることも公表しており、「恋しき孫よ」という楽曲も発表しています。
Q6:山本譲二の師匠は誰ですか?
A6:演歌歌手の北島三郎さんです。付き人兼前歌を務めた時代から続く師弟関係で、2026年にも北島さんの卒寿を祝うテレビ番組で共演しています。
Q7:山本譲二の代表曲は何ですか?
A7:代表曲は「みちのくひとり旅」です。1980年発売、1981年にミリオンヒットとなり、NHK紅白歌合戦への初出場にもつながりました。
まとめ:山本譲二は76歳の現在も現役歌手として活動中
2026年10月現在の山本譲二さんは76歳。新曲「桜龍~さくらりゅう~」やアルバム「山本譲二 全曲集」の発売など、精力的な音楽活動を続けています。
2019年の大腸がん手術という大きな経験を経て、妻・悦子さんや盟友・吉幾三さん、師匠・北島三郎さんとの関係を大切にしながら歩んできました。
2024年にデビュー50周年を迎えた後も、2025年、2026年と新しい楽曲を発表し、コンサートやラジオ、テレビへの出演を続けています。
「みちのくひとり旅」で築いた歌手としての実績を土台に、これからどのような歌声や作品を届けてくれるのか。
76歳の山本譲二さんの今後にも期待が集まります。 (出典: 山本 譲二 現在(Yahoo!ニュース))