【2026年最新】モンゴル出身力士23人の現役番付と所属部屋一覧
2026年10月31日時点で公表されている令和8年11月場所の番付を基準にすると、モンゴル出身の現役力士は23人です。
注目したいのは、横綱や大関だけでなく、幕内から序二段まで幅広い階級に力士が在籍していることです。上位陣の実績だけを見ていると見落としがちですが、次世代を担う若手も着実に育っています。
11月場所の現役23人・四股名と所属部屋
以下は、日本相撲協会の力士検索と令和8年11月場所の番付情報を照合した一覧です。
出典:日本相撲協会「力士を探す」「令和8年11月場所番付」および各力士プロフィール。
番付から見える2026年の特徴
今回の番付で特に目を引くのが、若手の昇進とベテランの再浮上です。
- 出羽ノ龍:令和8年11月場所で新入幕。
- 旭海雄:同じく新入幕。大島部屋にとって現師匠の創設後、初の新入幕力士となった。
- 旭富士:同場所で新十両。
- 玉鷲:9月場所で十両10勝5敗を記録し、11月場所で幕内に復帰。
日本相撲協会の11月場所番付トピックスによると、出羽ノ龍と旭海雄はモンゴル出身力士として34人目、35人目の新入幕力士です。旭富士も初土俵から6場所での新十両というスピード昇進を果たしました。
23人という数字だけでなく、上位の実績ある力士と新しい世代が同時に存在していることが、現在のモンゴル勢の特徴です。
【歴代6人】モンゴル出身の横綱と幕内優勝回数を比較
モンゴル出身力士の歴史を語るうえで欠かせないのが、これまでに誕生した6人の横綱です。
日本相撲協会の歴代横綱の記録をたどると、モンゴル出身の横綱は第68代から第74代までの間に6人誕生しています。第72代の稀勢の里を挟んで、平成から令和の大相撲を代表する顔ぶれが並びます。
モンゴル出身の歴代横綱6人
1. 第68代・
幕内優勝25回
2000年代の大相撲を代表する横綱。鋭い立ち合い、攻撃的な取り口、勝負への強い執着心で存在感を発揮した。モンゴル出身力士の黄金時代を切り開いた象徴的存在。
2. 第69代・
幕内優勝45回
歴代最多の幕内優勝回数を持つ横綱。右四つ、寄り、上手投げを中心に安定した強さを長期間維持した。大相撲の歴史に残る記録保持者。
3. 第70代・
幕内優勝9回
186センチ、137キロという横綱としては比較的小柄な体格を生かし、スピードと鋭い踏み込みで大型力士に対抗。右四つからの寄りも武器とした。
4. 第71代・
幕内優勝6回
冷静な判断力と巧みな体さばきが持ち味。相手の動きを見極めながら攻める技巧派で、技能賞も7回受賞している。
5. 第73代・
幕内優勝10回
大関から序二段まで番付を落とした後、再び大関、そして横綱へと復活した異例の経歴を持つ。右四つからの力強い寄りを武器にした。
6. 第74代・
幕内優勝2回
立浪部屋所属。右四つ、寄り、投げを得意とする。2025年3月に横綱へ昇進し、モンゴル出身6人目の横綱となった。
6人の幕内優勝回数を合計すると、97回です。白鵬の45回だけで全体の約半数を占めることからも、その突出した実績が分かります。
なお、外国出身の横綱という分類では、ハワイ出身の曙と武蔵丸も含まれます。豊昇龍は外国出身として8人目、モンゴル出身としては6人目の横綱です。この2つの数字を混同しないことも大切です。
【現役の注目力士】豊昇龍・霧島・玉鷲の出身と成績
23人の中でも、2026年の大相撲を語るうえで特に注目したいのが、豊昇龍、霧島、玉鷲の3人です。
それぞれ異なる持ち味があり、モンゴル出身力士をひとくくりにできないことが分かります。
豊昇龍はウランバートル出身の第74代横綱
豊昇龍智勝は、1999年5月22日生まれ。モンゴルの首都ウランバートル出身で、立浪部屋に所属しています。
2018年1月場所で初土俵を踏み、2020年9月場所に新入幕。2023年9月場所で大関に昇進し、2025年3月場所から第74代横綱として土俵に立っています。
日本相撲協会の2026年11月場所時点の公式記録は次のとおりです。
- 幕内優勝:2回
- 生涯戦歴:401勝235敗49休
- 幕内戦歴:319勝187敗49休
- 得意技:右四つ・寄り・投げ
特に注目したいのは、投げ技を含む多彩な攻めです。相手の体勢を崩して勝機をつかむ相撲は、単純な力比べに終わらない魅力があります。
霧島はドルノドゥ出身、所属部屋は音羽山部屋
霧島鐵力は1996年4月24日生まれ。モンゴル東部のドルノドゥ出身で、音羽山部屋に所属しています。
初土俵は2015年5月場所。以前は霧馬山の四股名で土俵に上がっていました。
2023年7月場所で初めて大関に昇進しましたが、その後は大関から陥落。2026年3月場所後に再び大関昇進が決まり、同年5月場所から大関に復帰しました。
2026年11月場所時点の公式記録は次のとおりです。
- 幕内優勝:3回
- 生涯戦歴:488勝316敗25休
- 幕内戦歴:349勝239敗12休
- 得意技:左四つ・寄り・投げ
一度陥落した地位に戻ることは簡単ではありません。再大関という経歴は、霧島の実力と継続的な努力を示す大きな実績です。
玉鷲は41歳で幕内復帰を果たしたベテラン
玉鷲一朗は1984年11月16日生まれ。ウランバートル出身で、片男波部屋に所属しています。
2004年1月場所で初土俵を踏み、長年にわたって幕内で活躍してきました。最高位は関脇です。
2026年11月場所の番付で特に注目されるのが、41歳での幕内復帰です。
2026年9月場所では十両で10勝5敗を記録し、11月場所で再入幕。日本相撲協会の番付トピックスによると、41歳11か月での再入幕は昭和以降1位の高齢記録です。
主な実績は次のとおりです。
- 幕内優勝:2回
- 殊勲賞:3回
- 金星:8個
- 生涯戦歴:916勝908敗2休
玉鷲の持ち味は押し相撲です。派手な投げ技よりも、前に出る圧力と粘り強さで勝負するタイプで、モンゴル出身力士の取り口が一様ではないことを示す存在でもあります。
照ノ富士は引退後、伊勢ヶ濱部屋の師匠に
歴代横綱の照ノ富士は、2025年1月場所を最後に現役を引退しました。
その後、2025年6月には伊勢ヶ濱部屋の継承が認められ、師匠として後進の育成に携わる立場になっています。
2026年1月31日には両国国技館で引退・伊勢ヶ濱襲名披露大相撲が開催されました。
照ノ富士は引退に際し、力士としての時間を振り返り、土俵で力を出し切ったという思いを公式に伝えています。今後は自らの経験を若い力士に伝える役割を担います。
【1992年の原点】旭鷲山が切り開いたモンゴル力士の歴史
現在のモンゴル出身力士の活躍は、突然始まったものではありません。
その出発点は、1992年の大島部屋によるモンゴル人力士の受け入れです。
大島部屋が受け入れた最初の6人
1992年2月、当時の大島部屋の師匠だった元大関・旭國の大島親方は、モンゴルのウランバートルで新弟子を募集しました。
背景には、モンゴル側から日本の大相撲に選手を送りたいという要望がありました。
1991年にモンゴルを訪問した日本側関係者を通じて、モンゴル民族相撲連盟から選手派遣の希望が伝えられたことがきっかけです。
当時の大島親方は、モンゴル相撲の実績だけで選ぶのではなく、将来性を重視して18歳以下の若者を募集しました。
150人を超える応募者の中から選ばれたのが、次の6人です。
- 旭鷲山
- 旭天鵬
- 旭天山(当時の四股名は旭嵐山)
- 旭鷹
- 旭雪山
- 旭獅子
6人は1992年春場所で前相撲に出場し、大相撲の世界に入りました。
半年後に起きた集団脱走事件
しかし、入門後の生活は想像以上に厳しいものでした。
日本語が十分に分からない環境に加え、早朝からの稽古、先輩力士との上下関係、共同生活、食生活の違いなど、文化的な壁がありました。
1992年8月、6人のうち旭天山を除く5人が部屋を離れ、渋谷のモンゴル大使館に駆け込む出来事が起こります。
その後、旭鷲山と旭鷹は部屋に戻りましたが、旭天鵬、旭獅子、旭雪山は一度モンゴルへ帰国しました。
大島親方が改めてモンゴルに赴き、旭天鵬を説得して日本に連れ戻したことも、後の成功につながっています。
最終的に旭鷲山、旭天鵬、旭天山の3人が角界で活躍を続けました。
旭鷲山はモンゴル出身力士の先駆け
1995年春場所、旭鷲山が新十両に昇進しました。
これがモンゴル出身初の関取誕生です。
1996年秋場所には新入幕を果たし、1997年春場所には小結に昇進しました。
旭鷲山の特徴は、多彩な技を使いこなす相撲でした。投げ技や足技、相手のバランスを崩す技術などで観客を魅了し、当時は「技のデパート・モンゴル支店」という異名でも知られました。
その活躍は、後に続くモンゴル出身の若者にとって大きな目標になりました。
旭天鵬も歴史に残る優勝を達成
もう一人の先駆者である旭天鵬も忘れてはいけません。
2012年5月場所、当時関脇だった旭天鵬は、37歳8か月で自身初の幕内優勝を達成しました。
大島部屋の公式沿革によると、これは昭和以降最年長での幕内初優勝という記録でした。
2015年7月場所で現役を引退した後は年寄・大島を襲名。2022年には大島部屋を再興し、モンゴル出身力士として初めて部屋持ち親方となった経験も持ちます。
1992年の入門者が、引退後には後進を育てる側に回ったという点は、モンゴルと日本の相撲界の交流を考えるうえでも象徴的です。
【なぜ強い?】モンゴル出身力士が大相撲で活躍する理由と実態
モンゴル出身力士が強い理由を考えるとき、よく挙げられるのがモンゴル相撲の伝統です。
ただし、モンゴル出身というだけで全員が同じ身体能力や技術を持っているわけではありません。伝統的な格闘技文化、若手の育成環境、入門後の鍛錬、競技への適応が重なってきた結果として理解する必要があります。
1. モンゴル相撲「ブフ」の経験が生きる
モンゴルには、伝統的な格闘技である「ブフ」があります。
日本では一般にモンゴル相撲と呼ばれ、ナーダムという国民的な祭典でも重要な競技として行われています。
ブフには、相手の体勢を崩す、組み手を制する、投げるといった技術があり、身体のバランスや相手との距離感を身につける機会になります。
ただし、日本の大相撲とはルールが異なります。
| 比較項目 | モンゴル相撲(ブフ) | 大相撲 |
|---|---|---|
| 試合場所 | 屋外などの広い場所 | 土俵 |
| 勝敗 | 相手の肘・膝などが地面につく | 相手を土俵外に出す、または足裏以外を土俵につける |
| 競技時間 | 原則として時間制限なし | 本場所の取組は時間制限あり |
| 主な技術 | 組み手・投げ・崩し | 押し・寄り・投げなど |
ブフの経験は、組み手や投げ技への適応に役立つ可能性があります。しかし、土俵の大きさ、立ち合い、まわしの使い方など、大相撲独自の技術を習得する必要があります。
2. 若い段階からのスカウトと育成環境
1992年の大島部屋の取り組みは、モンゴル人力士の育成ルートを開くきっかけになりました。
その後、旭鷲山や旭天鵬の活躍によって、モンゴルから日本の相撲界を目指す若者が増えていきます。
日刊スポーツの相撲史に関する記事では、旭鷲山や旭天鵬の関取昇進後、日本の相撲強豪高校がモンゴルの若者をスカウトする動きが強まり、明徳義塾高校から朝青龍が横綱に成長した経緯も紹介されています。
つまり、成功者が出ることで次の世代の挑戦者が集まり、育成環境が整っていったのです。
3. 技術の幅と個人ごとの相撲スタイル
モンゴル出身力士の強みは、単純な体格だけではありません。
歴代横綱を見ても、相撲のスタイルには違いがあります。
- 朝青龍:鋭い立ち合いと攻撃力
- 白鵬:安定した四つ相撲と対応力
- 日馬富士:スピードと瞬発力
- 鶴竜:技術と冷静な判断
- 照ノ富士:強い体幹と圧力
- 豊昇龍:投げを含む多彩な技
玉鷲のように押し相撲を得意とする力士もいます。
モンゴル出身力士だからといって、同じ戦法を使うわけではありません。個々の体格や得意技に合わせて、自分の相撲を完成させている点が重要です。
4. 先輩力士が後輩の道を作った
もう一つの大きな要因が、先輩と後輩のつながりです。
旭鷲山や旭天鵬が関取として成功したことで、モンゴル国内でも大相撲の存在が知られるようになりました。
その後、朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜といった横綱が誕生し、モンゴル出身力士の活躍は一時的な現象ではなく、継続的な人材育成の流れになりました。
先輩が後輩に経験を伝え、若者が日本の相撲部屋に挑戦する。この循環が長期的な強さを支えています。
【プロの結論】強さの本質は国籍ではなく、競技への適応力
モンゴル出身力士の活躍を、民族的な身体能力だけで説明するのは適切ではありません。
伝統的な格闘技文化は確かに背景の一つですが、実際には次の要素が組み合わさっています。
1. 幼少期からの運動・格闘技経験
2. 若い段階での人材発掘
3. 日本の相撲部屋での継続的な稽古
4. 先輩力士から後輩への知識や経験の継承
5. 個々の体格と技術に合わせた戦術の構築
強さを見極める際は、出身国だけで判断せず、初土俵からの成長、得意技、幕内成績、優勝回数、休場からの復帰などを確認することが大切です。
【外国出身力士枠】1部屋1人の制度とモンゴル出身力士への影響
モンゴル出身力士について調べると、「外国出身力士は1部屋に1人まで」という制度を目にすることがあります。
この仕組みは、モンゴル出身力士だけを対象とした制度ではありません。外国出身者全体の新規採用に関する相撲協会の申し合わせです。
外国出身力士枠の成立と変遷
制度の経緯を整理すると、次のようになります。
- 1992年: 大島部屋がモンゴル出身の新弟子6人を受け入れる。
- 1992年以降: 外国出身力士の入門をめぐる問題を受け、協会が採用自粛を決定。
- 1998年: 九州場所で外国出身力士の受け入れが再開され、1部屋1人の制限が設けられる。
- 2002年: 日本相撲協会が各部屋1人限りという申し合わせを決定。
- 2010年: 日本国籍を取得した外国出身力士についても、外国出身者として数える運用を明確化。
2010年の変更は、外国出身力士が日本国籍を取得した後に新たな外国出身力士を入門させる、いわゆる枠の空きを利用した採用を防ぐ狙いがありました。
1部屋1人は協会全体の上限ではない
ここは誤解されやすいポイントです。
1部屋1人というのは、各相撲部屋の新規採用に関する制限です。日本相撲協会全体で外国出身力士を何人までと決めているわけではありません。
また、制度導入前から複数の外国出身力士が所属していた部屋には経過措置がありました。
部屋の統合や継承などもあるため、現在の所属部屋だけを見て単純に採用枠を判断することはできません。
2026年の一覧で、伊勢ヶ濱部屋や片男波部屋などに複数のモンゴル出身力士がいることも、この制度の仕組みを理解するうえで重要です。
つまり、23人という人数は外国出身力士枠によって決められた上限ではなく、現役の番付に掲載されている人数なのです。
【モンゴル出身の力士】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年現在、モンゴル出身の現役力士は何人ですか?
日本相撲協会の公式力士検索によると、2026年10月31日時点で23人です。11月場所の番付では横綱から序二段まで幅広い階級に在籍しています。
Q2:モンゴル出身の横綱は歴代何人いますか?
これまでに6人です。朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜、照ノ富士、豊昇龍の順に誕生しました。豊昇龍は2025年3月に昇進した第74代横綱です。
Q3:モンゴル出身力士が強いのはモンゴル相撲を経験しているからですか?
モンゴル相撲の経験は、組み手や投げ技などの基礎に役立つ可能性があります。ただし、それだけが理由ではありません。若手の発掘、日本での稽古、技術の習得、先輩力士からの指導など、複数の要素が重なっています。
まとめ:モンゴル出身力士の現在と大相撲の未来
2026年現在、モンゴル出身の現役力士は23人。豊昇龍と霧島を中心に、玉鷲や欧勝馬、朝白龍、出羽ノ龍、旭海雄など、異なる世代の力士が土俵で活躍しています。
その歴史を振り返ると、1992年の大島部屋による6人の受け入れが大きな転換点でした。旭鷲山と旭天鵬が先駆者となり、朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜、照ノ富士、豊昇龍という6人の横綱へと歴史がつながっています。
今後の注目ポイントは、次の3つです。
- 豊昇龍の横綱としての実績: さらなる幕内優勝と安定した成績を残せるか。
- 霧島の大関としての復活: 再昇進後、再び優勝争いの中心になれるか。
- 若手の台頭: 出羽ノ龍、旭海雄、旭富士らがどこまで番付を上げられるか。
モンゴル出身力士の歴史は、単なる外国人力士の成功物語ではありません。異なる文化を持つ若者が日本の相撲部屋で技術を磨き、伝統ある大相撲の歴史を形作ってきた歩みです。
2026年以降も、先駆者たちが切り開いた道を次の世代がどう受け継いでいくのか。11月場所からの新たな番付と若手力士の成長にも注目したいところです。 (出典: モンゴル 出身 の 力士(Yahoo!ニュース))