市來玲奈のアイドル時代を総整理!乃木坂46初期選抜から卒業、2026年の現在まで
日本テレビのアナウンサーとして活躍する市來玲奈(いちき・れな)。現在の落ち着いたアナウンサーとしての姿からは想像しにくいかもしれないが、かつては乃木坂46の1期生として活動し、デビュー初期から選抜メンバーに名を連ねた元アイドルだ。2011年8月21日に15歳でグループへ加入し、「ぐるぐるカーテン」から「制服のマネキン」まで、乃木坂46の黎明期を支えたメンバーの一人だった。
しかし、2014年7月21日、早稲田大学文学部での学業に専念するため、約3年間のアイドル活動に区切りをつける。その後、大学を卒業して2018年に日本テレビへ入社。2026年現在は「ZIP!」や「news every.サタデー」などで活躍している。2025年には母校・早稲田大学の公式インタビューにも登場し、乃木坂46時代の経験や芸能活動の原点について振り返った。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 乃木坂46加入:2011年8月21日、15歳で1期生として加入。「れなりん」の愛称で親しまれた。
- 初期の活躍:「ぐるぐるカーテン」から4thシングル「制服のマネキン」まで、初期4作品で選抜メンバー入り。
- 卒業理由:早稲田大学文学部で演劇映像分野を学ぶため、2014年7月21日に卒業。
- 卒業後:2018年に日本テレビへ入社。アナウンサーとして新たなキャリアを築いた。
- 2026年現在:「ZIP!」「news every.サタデー」などを担当し、歌舞伎の取材・発信にも取り組んでいる。
【2011年8月21日】市來玲奈は乃木坂46の1期生として15歳で加入
市來玲奈のアイドル人生が始まったのは、2011年8月21日。乃木坂46の1期生オーディションを経て、グループの初期メンバーとして活動を開始した。
当時の市來は15歳。早稲田大学本庄高等学院に進学した年の夏休みにオーディションを受けており、芸能界での活動は初めてだった。
2025年10月に公開された早稲田大学の公式インタビューでは、当時の状況を本人が振り返っている。オーディションを受けた後、夏休み明けに学校へ戻る際、同級生や先生がどのような反応をするのか緊張していたという。
ところが、周囲から返ってきたのは温かい祝福だった。同級生が握手会にも足を運んでくれたことが嬉しかったと語っている。アイドル活動と高校生活が完全に切り離されたものではなく、学校の仲間からも支えられていたことがうかがえるエピソードだ。
「れなりん」の愛称で親しまれた初期メンバー
市來玲奈の愛称として知られるのが「れなりん」だ。
2014年7月21日の卒業時に乃木坂46公式サイトへ掲載された本人の挨拶全文にも、メンバーが楽屋で「れなりんおつかれさま」と声をかけてくれたという思い出が記されている。
このエピソードからも、れなりんという呼び名がファンだけでなく、グループ内でも親しまれていたことが分かる。
また、市來は単にアイドルとして活動を始めたわけではない。小学生の頃から競技として社交ダンスに取り組み、日本代表選手として世界大会に出場した経験を持つ。表現することや舞台に立つことへの関心は、乃木坂46加入以前から育まれていた。
2025年の早稲田大学の対談でも、本人は社交ダンスが芸能活動につながる原点だったと振り返っている。
【初期選抜メンバー】「ぐるぐるカーテン」から「制服のマネキン」までの活躍
市來玲奈の乃木坂46時代を語るうえで欠かせないのが、デビュー初期の選抜入りだ。
2012年2月22日、乃木坂46は1stシングル「ぐるぐるカーテン」を発売。市來はこのデビュー曲から選抜メンバーに選ばれた。
さらに、2ndシングル、3rdシングル、4thシングルでも選抜入りを果たしている。
初期4作品で選抜メンバーに選ばれた実績
ORICON NEWSが2014年の卒業発表時に報じた経歴によると、市來は次の4作品で連続して選抜メンバーに選ばれていた。
- 1stシングル「ぐるぐるカーテン」
- 2ndシングル「おいでシャンプー」
- 3rdシングル「走れ!Bicycle」
- 4thシングル「制服のマネキン」
この4作品は、乃木坂46がアイドルグループとして基盤を築いていった初期の重要な楽曲群だ。市來はグループの知名度がまだ現在ほど確立していなかった時期から、表題曲の選抜メンバーとして活動していた。
ここで押さえておきたいのは、「選抜メンバー入り」と「センター」や「福神」は同じ意味ではないという点だ。市來の実績として確実に確認できるのは、デビューから4thシングルまで連続して選抜に選ばれたこと。その事実だけでも、初期乃木坂46の活動を担ったメンバーだったことが分かる。
学業との両立が次第に大きな課題に
一方、アイドル活動が順調に進むなかで、市來には受験勉強という別の課題があった。
高校生活と芸能活動を並行する必要があり、イベントへの参加を見送ったり、活動を制限したりする時期もあった。2014年の卒業時には、本人もイベントを欠席することが多く、ファンやメンバーに迷惑をかけたと振り返っている。
華やかな選抜入りの実績だけでは見えてこないが、彼女のアイドル時代は、限られた時間のなかで学業と芸能活動をどう両立するかという葛藤も伴っていた。
【市來玲奈の経歴年表】加入から2014年7月の卒業まで
市來玲奈のアイドル時代と、その後の進路を時系列で整理すると、約3年間の活動が大きな人生の転換点だったことが分かる。
| 年月 | 出来事・関係する人物や作品 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 2011年8月21日 | 乃木坂46加入 | 15歳で1期生として活動開始。 |
| 2012年2月 | 「ぐるぐるカーテン」 | デビューシングルで選抜入り。 |
| 2012年5月〜12月 | 「おいでシャンプー」「走れ!Bicycle」「制服のマネキン」 | 初期4作品で連続して選抜入り。 |
| 2014年4月 | 早稲田大学文学部 | 大学へ進学し、専門的な学問を学ぶ。 |
| 2014年6月26日 | 乃木坂46公式卒業発表 | 学業専念を理由とする卒業を公表。 |
| 2014年7月21日 | 幕張メッセでの個別握手会 | 社交ダンスを披露し、乃木坂46を卒業。 |
| 2018年4月 | 日本テレビ入社 | 大学卒業後、アナウンサーとして新たなキャリアへ。 |
| 2025年10月 | 早稲田大学公式インタビュー | アイドル時代や学業、舞台芸術への関心を振り返る。 |
| 2026年 | 日本テレビアナウンサー | 「ZIP!」「news every.サタデー」などに出演。 |
特に注目したいのは、2014年4月の大学進学から同年7月の卒業までの期間だ。大学生活が始まって間もない時期に、約3年間続けてきたアイドル活動に区切りをつけている。
これは単なる活動休止ではなく、本人が今後の学びと人生の方向性を考えたうえで決断した卒業だった。
【卒業理由は学業専念】早稲田大学文学部で学びたかったこと
市來玲奈の乃木坂46卒業は、2014年6月26日にグループ公式サイトで発表された。
公式発表には、本人から学業に専念するための卒業の申し出があったこと、そして2014年7月21日に開催される8thシングル「気づいたら片想い」の発売記念個別握手会を最後にグループを卒業することが記されている。
本人が語った大学生活と学業への思い
卒業理由について、ORICON NEWSは当時の本人のブログの内容を報道している。
「大学は自分が思っていたよりも甘くはありませんでした」
市來は、大学では高校時代とは異なり、専門性のある学問をより深く学ぶ必要があることを説明していた。必修科目もあり、思い描いていたようにアイドル活動との両立を進められず、もどかしさを感じていたという。
大学生になれば自由な時間が増え、高校時代にできなかった分まで活動できると考えていたものの、実際には大学での学びに十分な時間を割く必要があった。
この本人の説明を見ると、卒業は芸能活動そのものを否定した選択ではなく、学業に対する責任感と、自分が本当に学びたいことを優先した決断だったことが読み取れる。
2025年の早稲田大学インタビューで明かした演劇映像コースへの思い
卒業理由をさらに具体的に理解するうえで重要なのが、2025年10月22日に公開された早稲田大学の公式記事だ。
市來は、2025年10月11日に開催された本庄早稲田の杜ミュージアム開館5周年記念の特別対談に登壇。早稲田大学演劇博物館館長の児玉竜一教授と、歌舞伎・演劇・映画などの舞台芸術について語り合った。
この対談で、市來は2014年に文学部へ進学した後、2年生からの専攻で演劇映像コースを学びたいという強い希望があったことを明かしている。
「芸能や演劇を専門に学べるところに行きたいという思いが強かったです」
つまり、彼女が優先したかったのは、単に大学の授業へ出席することだけではなかった。舞台芸術や演劇を専門的に学び、自分の関心を深めることだった。
アイドルとして人前に立つ経験を積んできた市來にとって、芸術や表現を学問として研究することにも大きな意味があったのだろう。
卒業後も大学での学びを継続し、2018年に卒業
市來は大学進学後、芸能活動から距離を置き、学業を優先した。その後、2018年3月には早稲田大学の卒業式に出席したことがFRIDAYデジタルで報じられている。
同年4月には日本テレビへ入社。本人は2018年のインタビューで、小学生の頃からアナウンサーになることが夢だったと明かしている。
乃木坂46でテレビ局のスタッフやアナウンサーと仕事をする機会を得たことも、この職業への憧れを具体的にするきっかけになったという。
大学での学びを優先した2014年の決断は、結果として、アナウンサーという新しい職業へ進むための時間にもつながっていった。
【社交ダンスが原点】卒業セレモニーで見せた市來玲奈らしい最後の姿
市來玲奈のアイドル時代を象徴する場面として、2014年7月21日の卒業イベントは見逃せない。
この日の個別握手会は、8thシングル「気づいたら片想い」の発売記念イベントとして幕張メッセで開催された。イベント終了後、市來は乃木坂46のメンバーやファンに向けて最後の挨拶を行った。
「ぐるぐるカーテン」と「制服のマネキン」に合わせて社交ダンス
乃木坂46公式サイトのイベントレポートによると、市來は卒業の挨拶に先立ち、「ぐるぐるカーテン」と「制服のマネキン」のリズムに合わせて社交ダンスを披露した。
スタンダードとラテンの両方を踊り、ファンの前で自身の特技を見せたのである。
これは非常に象徴的な演出だった。乃木坂46の楽曲と、自分が長年取り組んできた社交ダンスを組み合わせることで、アイドルとして過ごした時間と、それ以前から続いていた自分自身の表現活動を一つのステージにまとめたからだ。
メンバーとファンへの感謝を伝えた卒業挨拶
卒業挨拶では、加入当時の15歳から約3年間の活動を振り返り、イベントを欠席することが多かったことにも触れた。
それでも、メンバーやファンが温かく支えてくれたことへの感謝を繰り返し伝えている。特に、メンバーが楽屋で声をかけてくれたことや、活動を続けるうえでファンの応援が力になったことを語った。
最後には、乃木坂46で学んだことを今後の人生の糧にしていきたいという思いと、自分には目指したいもの、挑戦したいものがあるという決意を表明した。
卒業後も乃木坂46を応援し続けると伝えたことからも、グループとの関係を大切にしていたことが分かる。
社交ダンスは現在も本人の大切な特技
市來が社交ダンスを始めたのは小学5年生の頃。競技ダンサーとして活動し、日本代表選手として世界大会にも出場している。
早稲田大学の2025年の対談では、高校進学後も競技を続けるつもりだったものの、ペアを組んでいた相手が受験を機に競技を続けられなくなり、自身も受験のために引退したと説明している。
日本テレビの公式プロフィールでも、社交ダンスは趣味・特技として掲載されており、本人は自分の原点と表現している。
アイドル時代に披露したダンスは、単なる余興ではなかった。幼少期から積み重ねてきた経験が、卒業という節目のステージで改めて生かされたのである。
【2026年現在】市來玲奈は日本テレビアナウンサーとして活躍
乃木坂46を卒業した市來玲奈は、大学での学びを経て、2018年4月に日本テレビへ入社した。
日本テレビの公式アナウンスルームによると、出身大学は早稲田大学文学部、入社年は2018年。現在も同局のアナウンサーとして活動している。
「ZIP!」のエンタメキャスターとして出演
2026年現在、市來が担当する番組の一つが日本テレビの朝の情報番組「ZIP!」だ。
2026年6月の日刊スポーツの報道では、月曜日から水曜日のエンタメキャスターを担当していると紹介されている。
エンタメ情報を伝える仕事は、アイドル時代に経験した芸能活動や、テレビ番組の制作現場との関わりとも接点がある。出演者や制作側の立場を理解したうえで情報を伝えることは、彼女のキャリアの特徴の一つだ。
「news every.サタデー」でもニュースを担当
日本テレビ公式プロフィールには「news every.サタデー」も出演番組として掲載されている。
2026年9月から10月にかけての放送情報でも出演が確認でき、朝の情報番組だけでなく、ニュース番組でもキャリアを重ねている。
かつてはアイドルとしてステージに立ち、ファンに向けて言葉やパフォーマンスを届けていた市來が、現在はアナウンサーとして視聴者へ情報を届けている。活動の形は変わったが、人前で伝える仕事を続けている点には一貫性がある。
歌舞伎取材や「市來玲奈の歌舞伎花笑み」にも取り組む
2025年の早稲田大学公式インタビューでは、歌舞伎への関心についても詳しく語っている。
市來は大学在学中に児玉竜一教授の授業を受けたことをきっかけに、歌舞伎の魅力に引き込まれたという。
日本テレビ入社1年目には「news zero」でカルチャー担当としてエンターテインメント分野のインタビューを経験。2019年には歌舞伎の取材にも携わるようになった。
さらに、早稲田大学の対談では、現在もYouTubeで「市來玲奈の歌舞伎花笑み」というシリーズを配信し、歌舞伎役者へのインタビューなどを続けていると紹介されている。
アイドル時代から続く舞台芸術への関心が、アナウンサーとしての専門的な取材活動にも結びついている点は興味深い。
【プロの結論】市來玲奈のアイドル時代は現在のキャリアにつながる重要な原点
市來玲奈の乃木坂46時代を振り返ると、単に「元アイドルが女子アナになった」という経歴だけでは説明できない部分が見えてくる。
注目すべきなのは、彼女が一貫して表現すること、学ぶこと、そして人に伝えることに関心を持ち続けてきた点だ。
アイドル活動で得た経験と大学での専門的な学び
乃木坂46では、デビュー初期から選抜メンバーとして活動し、テレビ出演やイベントを通して芸能の現場を経験した。
その一方で、大学では文学部に進み、演劇映像コースで学ぶことを希望した。芸能活動を続ける選択肢もあったなかで、専門的な学問を優先したことは、本人の将来設計を考えるうえで大きな転換点だった。
2018年のFRIDAYデジタルのインタビューでは、乃木坂46でテレビ局のスタッフやアナウンサーと接する機会があったことが、アナウンサーへの憧れを具体化させたと語っている。
市來玲奈の経歴を正しく理解するための3つの視点
- 初期選抜の実績:乃木坂46のデビューから4thシングルまで連続して選抜入りした初期メンバーである。
- 卒業の背景:学業専念という公式発表に加え、本人が演劇映像分野を専門的に学びたかったと後年の大学公式インタビューで説明している。
- 現在とのつながり:アイドル時代の芸能経験、大学での舞台芸術の学び、アナウンサーとしての取材活動が、それぞれ異なる形で現在の仕事に生きている。
また、卒業をめぐる情報を調べる際には、2014年6月26日の乃木坂46公式発表と、2014年7月21日の卒業イベントの公式記録を基準にすることが大切だ。公式に公表された卒業理由は学業専念であり、別の理由を確定事項として扱う根拠にはならない。
市來玲奈のアイドル時代は、過去の芸能活動として切り離すよりも、現在のアナウンサーとしての活動につながるキャリアの一部として捉えると、その歩みがより立体的に見えてくる。
【市來玲奈のアイドル時代】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:市來玲奈が乃木坂46に加入したのはいつですか?
A1:2011年8月21日です。当時15歳で、乃木坂46の1期生として加入しました。愛称は「れなりん」です。
Q2:市來玲奈が乃木坂46を卒業した理由は何ですか?
A2:早稲田大学文学部での学業に専念するためです。2014年6月26日に卒業が発表され、同年7月21日の個別握手会をもって卒業しました。本人は後年、演劇映像コースで専門的に学びたいという希望があったことも明かしています。
Q3:市來玲奈は現在何をしていますか?
A3:2026年現在は日本テレビのアナウンサーとして活動しています。「ZIP!」や「news every.サタデー」などに出演するほか、歌舞伎取材や「市來玲奈の歌舞伎花笑み」といった発信にも取り組んでいます。
Q4:市來玲奈はアイドル時代に社交ダンスを披露しましたか?
A4:はい。2014年7月21日の卒業イベントで、「ぐるぐるカーテン」と「制服のマネキン」のリズムに合わせて社交ダンスを披露しました。小学生の頃から競技ダンスに取り組み、日本代表として世界大会に出場した経験があります。
まとめ:市來玲奈のアイドル時代から2026年の現在まで
市來玲奈は2011年8月、15歳で乃木坂46の1期生として加入した。デビュー曲「ぐるぐるカーテン」から4thシングル「制服のマネキン」まで選抜メンバーとして活動し、グループの初期を支えたメンバーの一人だった。
2014年7月21日に卒業した理由は、早稲田大学文学部での学業に専念するため。本人が後年語った演劇映像コースへの関心からも、大学での専門的な学びを大切にしていたことが分かる。
その後、2018年に日本テレビへ入社。2026年現在は情報番組やニュース番組に出演し、歌舞伎の取材・発信にも取り組んでいる。
乃木坂46の「れなりん」として活動した約3年間は、現在の市來玲奈を形づくった大切な時期だった。アイドル、大学生、アナウンサーという異なる立場を経験しながら、自分の関心を深めてきた歩みこそ、彼女の経歴を理解するうえで最も重要なポイントである。
主な確認資料: 乃木坂46公式サイトの卒業発表・卒業イベント記録、ORICON NEWS、早稲田大学公式「早稲田文化」2025年10月22日掲載インタビュー、日本テレビ公式アナウンスルーム、FRIDAYデジタル、日刊スポーツ。