角居勝彦の現在は?G1・26勝の名伯楽が選んだ引退後と能登復興の全貌
JRA・G1を26勝、国内外のG1を合わせて38勝という輝かしい実績を残した元調教師・角居勝彦(すみい・かつひこ)氏。ウオッカ、カネヒキリ、ヴィクトワールピサ、シーザリオなど、競馬史に名を刻む名馬を育てた人物として知られている。
2021年2月に56歳で調教師を勇退した角居氏は、競馬界を離れた後、石川県能登地方を拠点に引退競走馬の支援やホースセラピーの普及に取り組んでいる。2026年には天理大学での教育活動が本格化し、能登半島地震で被災した珠洲ホースパークも復興に向けて歩みを進めている。
2026年10月30日には、角居氏自身が執筆する競馬コラムでもウオッカとダイワスカーレットの天皇賞・秋を振り返った。競馬界を去って5年以上が経過した今も、馬との関わりは続いている。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在:天理教の布教師、引退馬支援、天理大学でのホースセラピー教育などに携わっている。
- 競馬実績:JRA・G1を26勝、地方・海外を含むG1通算38勝、JRA通算762勝。
- 勇退理由:母親の体調と、祖母の代から続く天理教の教会を継ぐという家族・信仰上の事情が背景にある。
- 珠洲ホースパーク:2026年9月時点で7頭の馬が暮らし、施設の復旧や地域交流拠点の整備が進んでいる。
- 2026年の活動:天理大学ではJRA寄付講座のホースセラピーⅠ・Ⅱが開講され、一般の受講も可能になっている。
【2026年最新】角居勝彦の現在は?競馬引退後の活動と生活
2026年10月現在、角居勝彦氏は調教師として競馬の現場に立つ立場ではない。現在の活動の中心は、天理教の布教活動、引退競走馬のセカンドキャリア支援、ホースセラピーの普及、そして能登での地域づくりだ。
天理大学の公式プロフィールでは、角居氏は天理教布教師、元JRA調教師、天理大学馬術部アドバイザーとして紹介されている。1964年生まれで、2026年10月時点では62歳。2021年に調教師を勇退した後、実母から家業の天理教大輪布教所を継いだ。
現在の活動は大きく3つ
1つ目は、引退競走馬の支援。現役時代に活躍した馬だけでなく、競走成績が振るわなかった馬や、競走生活を続けられなくなった馬にも新しい居場所をつくる活動を続けている。
2つ目は、ホースセラピーの普及。馬と人との関わりを医療・福祉・教育に生かす取り組みで、天理大学の授業や実習を通じて専門的な知識を持つ人材の育成に取り組んでいる。
3つ目は、石川県珠洲市での地域活動。引退馬の居場所である珠洲ホースパークを通じて、人と馬が共生できる環境を整えるとともに、能登の地域復興にも関わっている。
2026年9月2日に公開された石川県の観光公式サイトのインタビューでは、角居氏は「みんなの馬株式会社」のCOOとして紹介されている。同社が運営する珠洲ホースパークは、単なる引退馬の保養施設ではなく、人と馬、地域住民、訪問者が交流する場所を目指している。
2026年10月30日にも競馬コラムを執筆
競馬界との関係が完全に途絶えたわけではない。日刊スポーツでは「角居勝彦元調教師 Thanks Horse」というコラムを継続しており、2026年10月30日には第73回として、2008年の天皇賞・秋を振り返った。
取り上げたのは、ウオッカとダイワスカーレットによる歴史的な接戦だ。角居氏は当時の写真判定を振り返り、次のように記している。
「あの長い写真判定は、今でも忘れられません。」
このコラムから伝わるのは、現役時代の実績を過去の栄光として切り離すのではなく、経験を次世代や競馬ファンに伝え続けている姿だ。調教師という肩書きを離れても、馬と競馬に向き合う姿勢は変わっていない。
出典:日刊スポーツ「角居勝彦元調教師 Thanks Horse」2026年10月30日、天理大学公式プロフィール、石川県観光公式サイトの2026年9月2日掲載インタビュー。
【経歴・年表】角居勝彦はどんな調教師だった?G1・26勝までの歩み
角居勝彦氏は1964年3月28日、石川県に生まれた。競馬とは無縁の家庭で育ったが、高校卒業後に北海道のグランド牧場へ就職。馬に携わる仕事を選び、その後、競馬学校を経て栗東トレーニングセンターで調教助手として経験を積んだ。
中尾謙太郎厩舎、松田国英厩舎で調教助手を務めた後、2000年に調教師免許を取得。翌2001年に厩舎を開業した。
開業後は数々の重賞を制し、2011年から2013年には3年連続でJRA賞の最多勝利調教師賞を獲得。最多賞金獲得調教師賞も通算5回受賞している。さらに、JRA通算762勝、重賞82勝という記録を残した。
角居勝彦の主要経歴と転換点
| 時期 | 出来事・実績 | 意味・関係する人物や馬 |
|---|---|---|
| 1964年 | 石川県生まれ | 後に能登を拠点とする活動につながる |
| 高校卒業後 | 北海道のグランド牧場に就職 | 競馬・馬に関わる仕事を始める |
| 調教助手時代 | 中尾謙太郎厩舎、松田国英厩舎で経験を積む | 調教技術と厩舎運営を学ぶ |
| 2000年 | JRA調教師免許を取得 | 調教師としてのキャリアを開始 |
| 2001年 | 栗東で厩舎を開業 | 初勝利はスカイアンドリュウ |
| 2007年 | ウオッカが日本ダービー制覇 | 64年ぶりの牝馬によるダービー制覇 |
| 2011年 | ヴィクトワールピサがドバイワールドカップ制覇 | 日本調教馬として初の同レース優勝 |
| 2018年 | 2021年2月末での勇退を公表 | 天理教の教会を継ぐ決断 |
| 2021年2月28日 | 調教師を勇退 | JRA調教師としての活動を終了 |
| 2023年8月1日 | 珠洲ホースパーク開設 | 引退競走馬の新しい居場所づくり |
| 2024年1月 | 能登半島地震が発生 | 施設が被災し復旧活動へ |
| 2025年4月 | 天理大学でホースセラピーの授業が開講 | 教育を通じた人材育成が進む |
| 2026年 | 珠洲の復興とホースセラピー普及を継続 | 大学講座、引退馬支援、地域交流を展開 |
※経歴はJRA関連記録、天理大学公式プロフィール、競馬専門メディアの報道を基に整理。
角居厩舎の評価を裏付ける数字
角居氏の実績を評価するうえで、G1勝利数だけを見るのは十分ではない。JRA通算762勝に加え、重賞82勝という成績は、特定の一頭だけに依存せず、長期間にわたって多くの競走馬を上位で戦わせてきたことを示している。
また、最多勝利調教師賞を3回、最多賞金獲得調教師賞を5回受賞した点も見逃せない。勝利数だけでなく、管理馬の賞金獲得能力という面でも高い評価を受けていた。
天理大学の公式プロフィールでは、日本人調教師として史上初めて、日本・アメリカ・香港の3カ国で同一年にG1を制した実績も紹介されている。
こうした数字を総合すると、角居氏の評価は一時的なブームや一頭の名馬の活躍だけによって形成されたものではない。国内外の競馬に対応できる厩舎運営力と、複数世代の名馬を育てた継続性に裏打ちされている。
出典:天理大学公式「ホースセラピー」、株式会社ワールドマーケットによる2024年6月のプロフィール資料、競馬ラボの調教師成績データ。
【代表馬を徹底解説】ウオッカ・カネヒキリ・ヴィクトワールピサとの関係
角居厩舎を語る際、欠かせないのが管理馬の存在だ。芝の王道路線、ダート競馬、海外遠征まで、異なる舞台で結果を残したことが同厩舎の大きな特徴だった。
ウオッカ:64年ぶりの牝馬による日本ダービー制覇
角居氏の代表馬として最初に挙げられるのがウオッカだ。
2006年の阪神ジュベナイルフィリーズを制したウオッカは、翌2007年に牝馬クラシック路線だけでなく、日本ダービーへの挑戦を選択した。
当時、牝馬が牡馬の頂点を決める日本ダービーを勝つことは極めて難しかった。しかし、ウオッカはその壁を破り、64年ぶりとなる牝馬の日本ダービー制覇を成し遂げた。
その後も2008年の安田記念、天皇賞・秋、2009年のヴィクトリアマイル、安田記念、ジャパンカップなどを勝利。G1通算7勝を記録し、2011年にはJRA顕彰馬に選ばれている。
2026年10月30日の角居氏のコラムでも、2008年の天皇賞・秋が取り上げられた。ダイワスカーレットとのハナ差の勝負は、現在も角居氏にとって忘れられないレースの一つだ。
カネヒキリ:ダート競馬で示した厩舎の対応力
芝のウオッカとは対照的に、ダート競馬で角居厩舎の強さを示したのがカネヒキリだ。
カネヒキリは2005年のジャパンカップダート、2006年のフェブラリーステークスなどを制したダートの名馬。故障を乗り越えて再び大舞台に戻り、2008年のジャパンカップダートでも優勝した。
芝とダートでは、求められる馬の適性も調整方法も異なる。異なる競技特性を持つ舞台で結果を残したことは、角居厩舎の管理能力を考えるうえで重要なポイントだ。
ヴィクトワールピサ:日本競馬の歴史を変えた海外G1制覇
海外での大きな功績として知られるのがヴィクトワールピサだ。
2010年に皐月賞と有馬記念を制した同馬は、2011年3月26日のドバイワールドカップで優勝。日本調教馬として初めて同レースを制覇した。
東日本大震災の直後という時期も重なり、この勝利は競馬界にとどまらず、日本国内でも大きな意味を持つ出来事となった。
角居氏は、海外の強豪馬との対戦を積極的に続けてきた調教師でもある。ドバイワールドカップ制覇は、国内の実績だけでは測れない同氏の挑戦姿勢を象徴するものだった。
そのほかの代表的な管理馬
角居厩舎からは、ウオッカやカネヒキリ以外にも数多くの名馬が送り出された。
- シーザリオ:2005年のオークス、アメリカンオークスを制覇。日本と米国の両方で実績を残した。
- デルタブルース:2004年の菊花賞、2006年のメルボルンカップを制覇。
- エピファネイア:2013年の菊花賞、2014年のジャパンカップを制覇。
- ルーラーシップ:2012年のクイーンエリザベスII世カップを制覇。
- ロジャーバローズ:2019年の日本ダービーを制覇。
- サートゥルナーリア:2019年の皐月賞を制覇。
こうした管理馬の顔ぶれを見ると、芝の中長距離、マイル、ダート、海外遠征と、厩舎の守備範囲が非常に広かったことが分かる。
出典:JRA公式「ウオッカ 3分でわかった気になる名馬」「2007年度JRA賞」、JRA海外遠征記録、スポーツニッポンの2021年3月1日付報道。
【引退理由の真相】なぜ角居勝彦は2021年に調教師を勇退したのか
角居勝彦氏の勇退は、競馬ファンにとって大きな驚きだった。ウオッカやヴィクトワールピサなどを育て、国内外で圧倒的な成績を残していた名調教師が、56歳という年齢で競馬界を離れることになったからだ。
最初の発表は2018年1月
角居氏が厩舎解散と調教師引退の方針を明らかにしたのは、2018年1月だった。2021年2月末での勇退を予定していると公表した。
当時の報道によると、決断の背景には母親の体調不良があった。祖母が築いた天理教の教会を、いつまでも他人任せにはできないという思いもあったという。
つまり、調教師としての成績不振や競馬界からの退任勧告が理由だったわけではない。家族から受け継いだ役割と、自分自身が長年取り組んできた馬との関わりを両立させるための人生の選択だった。
2021年2月28日、20年にわたる厩舎運営に区切り
角居氏は予定どおり2021年2月28日に調教師を勇退した。
スポーツニッポンの報道によると、最後の競馬は阪神9Rに出走したワイドソロモンで、結果は7着だった。
引退当日、角居氏は調教師生活を振り返り、今後は石川県能登で布教活動を行いながら、馬の余生を見守る取り組みを進めたいという意向を示した。
競馬の世界で大きな成功を収めた後、まったく別の人生に転身したというより、調教師時代から感じていた課題に本格的に向き合う時間を選んだと見る方が実態に近い。
「引退理由は成績不振」という見方は正しい?
これは誤解されやすい点だ。
角居氏は勇退を公表した2018年以降も厩舎を運営し、2019年にはロジャーバローズで日本ダービーを制している。JRA賞の最多勝利調教師賞を3回、最多賞金獲得調教師賞を5回受賞した実績も残している。
勇退の理由は、競馬界で結果を出せなくなったからではない。母親の体調や天理教の教会を継ぐという事情が中心にあった。
また、2021年の勇退後も馬に関する活動を継続していることから、馬そのものへの関心や情熱を失って競馬界を離れたわけでもない。
出典:デイリースポーツ2018年1月6日付報道、スポーツニッポン2024年7月31日付インタビュー、スポーツニッポン2021年3月1日付勇退報道。
【珠洲ホースパークの復興状況】能登半島地震から何が変わった?
角居氏の引退後の活動を語るうえで、石川県珠洲市の珠洲ホースパークは欠かせない存在だ。
この施設は、競走馬としての役目を終えた馬たちが自然の中で穏やかに暮らし、人と触れ合える場所として誕生した。2023年8月1日に開設されたが、その約5か月後に能登半島地震に見舞われた。
2023年8月に開設された引退馬のための施設
珠洲ホースパークは、珠洲市蛸島町にある約1万5,000坪の遊休地を活用した施設だ。運営するのは、みんなの馬株式会社。角居氏は立ち上げに関わり、施設運営に携わっている。
目指しているのは、競走馬としての成績だけで馬の価値を決めない社会だ。
競走馬は現役として走れる期間が限られている一方、馬の寿命は25〜30年ほどある。引退後に繁殖馬や功労馬として過ごせる馬は限られており、乗馬への転用も難しい馬には、別の受け皿が必要になる。
珠洲ホースパークは、そうした馬たちの新しい居場所をつくる試みとして始まった。
2024年1月1日の能登半島地震で施設が被災
開設から間もない2024年1月1日、最大震度7を観測した令和6年能登半島地震が発生した。
石川県の公式観光サイトによると、発災直後は停電や断水によってライフラインが遮断され、厩舎や設備にも被害が出た。スタッフは馬たちの安全確保に追われ、施設の見学受け入れも難しい状況となった。
被災後の復旧を支えたのが、全国から寄せられたクラウドファンディングによる支援だ。その資金を活用して逆浸透膜浄水装置を導入し、水の確保を自立的に行える体制を整えた。
馬を飼育する施設にとって、水は命を守るために欠かせない。災害時に人間の生活インフラだけでなく、動物の飼育環境も維持できる仕組みが必要だという教訓が残った。
2026年9月時点の珠洲ホースパークはどうなっている?
2026年9月2日公開の石川県観光公式サイトの取材記事では、珠洲ホースパークでサラブレッド6頭とポニー1頭の計7頭が暮らしていると紹介されている。
電気や水道は復旧し、全国からの見学者の受け入れも始まった。施設の馬をモチーフにしたオリジナルグッズの企画・制作なども進められている。
ただし、施設全体の復興が完了したわけではない。同サイトは、震災から2年半以上が経過しても課題が残り、復旧・復興は道半ばだと伝えている。
2026年1月30日の日刊スポーツの連載では、角居氏が新厩舎2棟の建設や放牧地2か所の新設計画を説明していた。2棟のうち1棟は春の完成を予定し、施設が整えば馬の受け入れ頭数を増やせる見通しだった。
また、日本財団の助成を受けた「鉢ヶ崎みんなの家」についても、2026年1月時点では秋の開設を目指していた。9月の石川県公式取材では、同施設の建設が進んでいると報告されている。
「鉢ヶ崎みんなの家」が目指す地域交流
この施設の目的は、馬を見学する観光客だけを集めることではない。
震災後、仮設住宅での生活を余儀なくされた人々が、地域とのつながりを取り戻せる場所をつくることも大きな目的となっている。
石川県の公式取材記事によれば、多目的交流スペース、食堂・厨房、コワーキングスペースなどを備えた施設として整備が進められている。
馬と触れ合うことをきっかけに、人と人との交流を生み出す。引退馬支援と地域復興を一体化させる発想が、珠洲ホースパークの特徴だ。
これは単に被災施設を元の状態に戻すだけではなく、馬を地域資源として生かし、新たな交流や経済活動につなげようとする取り組みでもある。
出典:石川県観光公式サイト「珠洲ホースパーク 角居勝彦さん」2026年9月2日、日刊スポーツ2026年1月30日付コラム。
【天理大学のホースセラピー】2026年の授業と引退競走馬のセカンドキャリア
角居氏が現在、特に力を入れている活動の一つがホースセラピーだ。
競馬で勝つために馬を育ててきた経験を、今度は人と馬が共に生きる社会のために生かす。天理大学での教育活動は、その考えを具体化する取り組みとなっている。
天理大学のホースセラピー活動は2019年度から
日刊スポーツの2026年6月27日付報道によると、天理大学では角居氏の働きかけにより、2019年度からホースセラピーの活動を開始した。
さらに2025年4月からは大学で授業が開講され、学生だけでなく一般の人も科目等履修生として受講できるようになった。
2026年度は、JRAの寄付講座として「ホースセラピーⅠ」と「ホースセラピーⅡ」が開講されている。
天理大学の公式案内によると、ホースセラピーⅠでは馬に関する基礎知識や適切な飼育管理、人と馬との触れ合いを通じた療法活動について学ぶ。ホースセラピーⅡでは、より実践的な馬介在活動や、身体障害・神経発達症などへの理解を深める内容が用意されている。
また、ホースセラピーⅠの受講と単位認定試験の受験によって、国際エクササイズサイエンス学会認定の「中級バイオセラピスト」資格試験を受けるための資格が付与される。
資格試験の受験資格が得られるという仕組みであり、授業を受けただけで資格そのものを取得できるわけではない。
ホースセラピーは何に役立つのか
ホースセラピーは、馬との触れ合いや乗馬などを通じて、人の心身に良い影響をもたらすことを目指す活動だ。
天理大学の公式説明では、馬の感受性や共感性を生かした心理的な支援に加え、騎乗による身体機能の改善などが期待されるとされている。
対象となるのは、障害のある人や高齢者など。馬と接する時間を通じて、ストレスの軽減や自己肯定感の向上、身体機能の維持・改善などを目指す。
角居氏は2026年6月27日、大阪市で開かれた第6回OSAKAホースフェアに登壇。天理大学の岡田龍樹副学長と「ホースセラピーが拓く馬と人の未来」をテーマに対談した。
日刊スポーツの報道によれば、角居氏自身も実習指導を担当している。競馬の現場で培った馬の扱い方や性格への理解を、教育の現場に伝えているのだ。
引退競走馬にセカンドキャリアが必要な理由
競走馬の引退後には、いくつかの進路がある。
- 繁殖馬:血統や健康状態などの条件を満たし、次世代の競走馬を残す。
- 乗用馬:乗馬クラブなどで人を乗せる役割を担う。
- ホースセラピー:人との触れ合いや福祉活動に携わる。
- 養老牧場・功労馬:競走生活を終えた後、穏やかな環境で余生を過ごす。
- 地域活動:放牧地の管理や観光、地域交流などに参加する。
ただし、すべての馬が乗用馬やセラピー馬になれるわけではない。性格、健康状態、体格、過去の競走生活などによって、適した役割は異なる。
そのため、引退馬支援では、馬を人間の都合に合わせて再利用するのではなく、それぞれの馬に合った生活環境を整えることが重要になる。
角居氏が掲げているのは、競走馬として勝てなかった馬にも、新しい役割や居場所を与えるという考え方だ。
天理大学のホースセラピー事業は、馬の飼育管理を学ぶ人材を育てることで、こうした受け皿を増やす役割も担っている。
角居勝彦の活動が持つ社会的な意味
競馬は、勝者と敗者が明確に分かれる世界だ。G1を制する馬がいる一方で、競走生活の途中で能力を発揮できなくなった馬や、故障によって現役を続けられなくなった馬もいる。
競走馬としての価値と、引退後の生きる価値は同じではない。レースで勝てなかったからといって、その馬が人と関わる可能性まで失うわけではない。
角居氏の活動は、競馬産業が生み出してきた馬たちに対し、引退後の責任をどのように果たすかという問題を具体的な事業や教育に結び付けている。
ただし、施設を維持するには飼料代、医療費、スタッフの人件費、設備費などが継続的に必要となる。善意だけでは長期的な運営は難しい。教育、人材育成、地域交流、観光などを組み合わせ、経済的にも持続可能な仕組みをつくることが今後の課題だ。
出典:天理大学公式「ホースセラピー」、日刊スポーツ2026年1月30日・6月27日付報道。
【プロの結論】角居勝彦の評判と実績から見える本当の功績
角居勝彦氏の評価を考える際、競馬界での実績と、引退後の活動を分けて考える必要がある。
調教師としての評価は、JRA・G1を26勝、JRA通算762勝、重賞82勝という客観的な数字で裏付けられている。ウオッカの日本ダービー制覇やヴィクトワールピサのドバイワールドカップ優勝など、競馬史に残る結果もある。
一方、引退後の活動は、まだ成果を数字だけで評価できる段階ではない。珠洲ホースパークの復興、天理大学での教育、引退馬の受け入れ体制の整備など、長期的な取り組みが進行中だからだ。
功績を評価するための3つの判断基準
第一に、競馬界での実績。国内G1だけでなく、海外の大舞台でも勝利を挙げたことは、角居氏の調教師としての能力を示す重要な証拠だ。
第二に、引退馬の受け皿づくり。珠洲ホースパークでは、競走生活を終えた馬たちが実際に暮らしている。単なる理念の提唱ではなく、施設という形で実践している点に意味がある。
第三に、専門知識の継承。天理大学での授業は、角居氏個人の経験を学生や一般受講者に伝え、将来的にホースセラピーを担う人材を育てる取り組みだ。
今後注目すべきポイント
今後の角居氏の活動を見るうえでは、次の3点が重要になる。
- 珠洲ホースパークの新厩舎や放牧地の整備がどこまで進むか。
- 「鉢ヶ崎みんなの家」が地域住民と訪問者を結ぶ交流拠点として機能するか。
- 天理大学のホースセラピー講座から、実際に現場を担える人材がどれだけ育つか。
特に重要なのは、引退馬支援を一部の有名な元競走馬だけに限らず、より多くの馬が利用できる仕組みにできるかどうかだ。
角居氏が競馬界で築いた人脈や調教経験は大きな財産だが、それを持続可能な事業に転換するには、大学、行政、地域住民、競馬関係者、支援者の協力が欠かせない。
名調教師としての評価はすでに確立している。これから問われるのは、引退馬と人が共に暮らす仕組みを、次の世代へどこまで残せるかという点だ。
【角居勝彦の現在に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:角居勝彦は2026年現在、何をしている?
A1:天理教の布教師として活動するほか、珠洲ホースパークを通じた引退馬支援や、天理大学でのホースセラピーの普及・教育活動に携わっている。2026年10月30日にも競馬コラムを執筆している。
Q2:角居勝彦が調教師を引退した理由は?
A2:母親の体調不良と、祖母の代から続く天理教の教会を継ぐ必要があったことが主な理由。2018年に2021年2月末での勇退を発表し、予定どおり2021年2月28日に調教師を勇退した。
Q3:角居勝彦のG1勝利数はいくつ?
A3:JRAのG1は26勝。地方・海外を含むG1の通算勝利数は38勝とされている。JRA通算762勝、重賞82勝という実績も残している。
Q4:角居勝彦が管理した代表馬は?
A4:ウオッカ、カネヒキリ、ヴィクトワールピサ、シーザリオ、デルタブルース、エピファネイア、ルーラーシップ、ロジャーバローズなど。芝・ダート・海外競馬で活躍する馬を数多く育てた。
Q5:珠洲ホースパークは2026年現在、復興している?
A5:2026年9月の石川県観光公式サイトの報告では、電気・水道が復旧し、サラブレッド6頭とポニー1頭の計7頭が暮らしている。見学者の受け入れやグッズ企画も進んでいる一方、施設の復興はまだ道半ばで、「鉢ヶ崎みんなの家」の建設も進められている。
Q6:天理大学のホースセラピーは一般の人も受講できる?
A6:できる。2026年度の天理大学の公式案内では、JRA寄付講座のホースセラピーⅠ・Ⅱが開講されており、科目等履修生として一般の人も受講できる。ホースセラピーⅠの受講と単位認定試験の受験により、中級バイオセラピスト資格試験の受験資格も得られる。
まとめ:角居勝彦の現在は競馬の枠を超えた馬と人の共生への挑戦
角居勝彦氏は、JRA・G1を26勝、国内外のG1を38勝した名調教師として競馬史に名を残した人物だ。
2021年の勇退は、成績不振によるものではなく、母親の体調や家業である天理教の教会を継ぐという事情を背景とした人生の選択だった。
2026年現在は、石川県珠洲市での引退馬支援、珠洲ホースパークの復興、天理大学でのホースセラピー教育などに取り組んでいる。特に2026年度には、JRA寄付講座としてホースセラピーⅠ・Ⅱが開講され、人材育成の仕組みが具体化している。
一方、珠洲ホースパークは震災からの復旧を進めているものの、厩舎や交流施設の整備など、まだ課題は残されている。
角居氏の歩みで興味深いのは、競馬で勝つために培った馬への理解と経験を、今度は競走生活を終えた馬たちの未来に役立てようとしていることだ。
ウオッカやヴィクトワールピサが競馬史に刻んだ勝利と同じように、引退馬の新しい居場所づくりやホースセラピーの普及も、これからの日本の馬文化に影響を与える可能性がある。
今後は珠洲ホースパークの施設整備、地域との連携、天理大学で育つ人材の活躍が注目される。名調教師・角居勝彦の第二の挑戦は、まだ続いている。
主な情報源: JRA公式サイト、天理大学公式サイト、石川県観光公式サイト、日刊スポーツ(2026年1月・6月・10月)、スポーツニッポン、デイリースポーツ。 (出典: 角 居 勝彦(Yahoo!ニュース))